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第8話 優しくしないで②

 ふと目が覚めたのは、凌駕に挨拶もなく寝落ちしてしまったと気付いたからだ。  目を開くと部屋は暗く、リビングではないと気付くまでに数分を要した。  布団に包まっている。  ここは、どこだ……顔を上げると、目の前に凌駕の寝顔が飛び込んできた。 「っん!!」  驚き過ぎて声が出そうになったのを、どうにか耐えた。ここは寝室だ。寝てしまった陽菜を凌駕が運んでくれたのだ。  冷えた体が暖かくなっている。それどころか腕枕をされ、凌駕の懐に顔を埋めているではないか。意識した途端、本能が疼き出す。  血液がドクドクと流れるのを感じる。心臓が早鐘を打ち、呼吸が乱れ始める。この症状は、アレしかない。  (気付かれないうちに離れないと)  眠っている凌駕の腕からするりと抜け出し、寝室を出た。  そのままトイレに駆け込む。  抑制剤を飲んでいたにも関わらず、ヒートを起こしたのは動揺が原因だと思われる。 「とにかく早く治めないと」  下肢を晒し便座に座ると、既に孔からオメガの液が溢れていた。鼻に纏わりつく凌駕の匂い。それだけで中心は昂り、先端から透明の液が流れ出す。  上司のマンションに来てこれはいけない。必死に屹立を扱く。眠ってしまい、気を抜いたことを後悔している。せめて一回抜けば、自宅に帰れるくらいに回復するかもしれない。  陽菜を抱きたくないと言った凌駕に、これ以上迷惑はかけられなかった。 「ん……ふっ、ん……せんぱ……い……」  それでも頭の中を占領するのは凌駕しかいない。一度経験してしまったがゆえ、あの時の熱も同時に蘇る。  自分の手では到底再現できないあの快感。  スウェットの裾を捲り上げ、声が漏れないようにしっかりと噛み締めた。  早く、早く……焦るほど絶頂から遠ざかっている気がして、余計に焦ってしまう。  凌駕の眠る寝室までフェロモンが届いていないのを願うばかりだ。  しかし、こちらに向かう足音が聞こえてしまった。いや、アルファの気配が伝わってきたのだ。  本能が、アルファの性を呼び寄せてしまったか。しかし、焦りながらも近付くアルファのフェロモンの匂いを手繰り寄せてしまう。 「だめ……、だめだ。早く……ん、ぅ……」  扱いても扱いても、集中できない。意識は完全に凌駕に向いている。  抱かせるわけにはいかない。それをしてしまえば、更に後悔を重ねる羽目になってしまう。  自分が傍にいると豪語したその日にこれでは、説得力もなにもあったものではない。  ドアがノックされる。 「東雲?」 「あ、す、直ぐに出ます」 「……開けてくれないか」 「いや……でも……本当に、もう終わりますから」 「東雲、開けろ」  ドスの効いた低い声に身震いをする。威圧とも違う。凌駕の切羽詰まった声だった。  オメガのヒートに当てられている。ここで陽菜が抵抗したところで、きっとこのドアを蹴破ってでも凌駕は中に入るだろう。  陽菜は鍵に手を伸ばし、解錠する。するとほぼ同時にドアが勢いよく開いた。 「先輩……ごめんなさい。直ぐに、帰ります」  しかし立ち上がろうにも目の前にいる凌駕のフェロモンで頭がクラクラする。  覚束ない足取りで倒れ込み、結局は凌駕の腕に抱かれた。 「何故、俺を頼らない?」 「すみません。やっぱり僕では先輩のお役には立てませんでした」 「そんなことを聞いてるんじゃない。俺のフェロモンに当てられたんじゃないのか? なのに、何故求めない? 番だろう?」 「ですが……」  形だけの番。頼るなんて烏滸がましい真似はできない。しかし凌駕の言葉を思い出してしまった。 「オメガから必要とされていない」  凌駕はそれが悲しかったのだ。迷惑をかけないようにと取った行動が、結果的に傷付けてしまっては元も子もない。  素直に縋ってもいいのか……。  ゆっくりと凌駕を見上げ、腕を掴んだ。 「辛いです。楽になりたい」 「もっとハッキリと言ってくれ」 「望月先輩が、欲しいです」 「あぁ、俺も東雲が欲しいよ」  切羽詰まった状態は変わらないが、無理矢理口角を上げてくれた。  腕を伸ばすと陽菜を抱き上げ、寝室へと戻る。 「抱く」  ヒートに当てられていても、まだ自我を失ってはいない。しっかりと意思を示してくれたのが嬉しかった。  陽菜は何度も頷き、恍惚とした眸を向ける。  凌駕の顔が真上から降りてくると、唇同士が触れる。 「ん……」  軽く押し込み、吸いながら離す。切なくて追いかけてしまう。止めて欲しくない。  自然に流れ出す陽菜の涙を掬うように舐め取ると、更に深く口付けられた。  初めての経験だった。  会社で抱かれた時は、どちらからもキスはされていない。  女性とも男性とも経験のない陽菜にとって、これが初めてのキスだ。 「キスって、幸せなんですね」  思ったままを口にする。凌駕は刹那、瞠目とするも、蠱惑的な笑みを浮かべた。 「これからもっと幸せを感じさせてやる」  指を絡めて握りしめ、陽菜を組み敷いた。

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