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第13話  聞きたくなかった言葉①

 朝の動揺を引きずり、仕事は小さなミスを繰り返してしまった。どれも大したことないもので助かったが、これが大きなミスに繋がる可能性もある。  ———気持ち、切り替えないと。  凌駕は言い出せば必ず実行する。高槻と話をしただけで嫉妬するとは想像もしていなかった。なのに一緒に食事だなんて……どんなふうに誘うのか、気になって仕方ない。  終始落ち着きがなく、周りから心配される始末。高槻のフォローなしには残業は確定していただろう。 「今日は本当にすみませんでした」 「陽菜鳥、失敗なんて誰にでもある。殆ど自分でフォローしたんだし気にすんな。自分でも反省してるんだろ?」 「はい」 「じゃあ、それでいいじゃん。ま、俺の手に負えるくらいの失敗なら何時でもフォローするし」 「ありがとうございます……」  明日から取り戻せばいいと特に気にしていない様子で言うと、高槻は「それよりも」と話を変える。 「俺があの望月さんから食事に誘われるなんて凄いよな」 「そう、ですね」 「もっと嬉しそうな顔しろよ〜! 後世まで自慢できるぜ?」 「望月先輩は、高槻さんの憧れの人ですもんね」 「そりゃ憧れない奴いないって。アルファでなくとも成功を収めるタイプだよな。俺、ちゃんと話せるか緊張してきたんだけど」 「高槻さんなら心配いらないと思いますよ」  高槻は、昼休みに凌駕直々に誘われたと午後から有頂天になっていた。その時一緒に社内食堂で昼ごはんを食べていた同じ営業部の長谷川菜緒も同席するようだ。長谷川は高槻と同期で、陽菜を同じように可愛がってくれている。  陽菜はなんとなく今夜の凌駕の思惑が読めた。高槻は百パーセント酔っ払う。その高槻の介抱役に長谷川を当てたのだと。  焼肉に誘う理由など、「東雲に聞いた」と言えばそれで良かった。「オススメの店があるから、よければ招待する」凌駕から誘われ、理由を問う人などいない。  陽菜は高槻に少し遅れて昼食の食堂に合流したが、その時すでに約束を取り付けていて、彼の行動力に舌を巻いてしまった。  終業後は凌駕の車で移動した。これには高槻も長谷川も嬉々としてはしゃいでいた。この前の車内とは打って変わって賑やかな時間が流れる。そして凌駕がつれていってくれた先は、名前だけで高級だと知れ渡っている店だったから、さらに高槻と長谷川のテンションは上がる一方だった。 「好きに頼んでくれ……って言っても最初からは気が引けるか。適当に頼んでおくから、好きに追加してくれ」  乾杯とすると、高槻は直ぐに凌駕への憧れの念を語り始めた。その隣では長谷川も相槌を打ち、今、同じ空間にいることが夢のようだと語った。 「買い被りすぎだ。ただの上司の一人じゃないか」 「そんなご謙遜を。その若さで本部長まで登り詰め、上からも下からも慕われている。私どものような役職もついてない平社員が一緒に食事など、今日一生分の運を使ったと言っても過言ではありません」  長谷川がいつもに増して雄弁だ。勢いをつけて喋らないと凌駕のオーラに呑まれそうだと感じているのだろう。高槻も、凌駕の隣に座っている陽菜に対し「よく平然と座っていられるな」と感心している。というよりも呆れている。きっと陽菜が凌駕の凄さを知らないと思っているのだ。  そう言われると、凌駕に対して「番解消手術の同意書にサインをしてほしい」と詰め寄ったのも、タイミングと勢いを見誤ると言えなかっただろうなと考える。まだ新人だから許されたという点は少なからずあるような気もした。  それが瞬く間に凌駕のマンションに泊まり、体の関係になっているとは口が裂けても言えないと思った。

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