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第16話 憂鬱な一日の始まり②

「あぁ凌駕、おっはよ。陽菜ちゃんとデートの約束してただけだよ。スーツ一式プレゼントするんだ。それから食事して、ドライブして……しばらく陽菜ちゃんは俺のもんね」 「東雲はものじゃないだろ。困ってるじゃないか」 「今日の残業がないように頑張らなきゃって思ってただけじゃん」  ね、陽菜ちゃんと話を振られる。 「それは、その……」ただでさえ気まずい上に、黒川が更に拗らせてくれている。  凌駕は陽菜が返事もしないうちから、話の腰を折った。 「ところで東雲、昨晩送ったメッセージがまだ既読になっていないが」  凌駕から指摘され、起きてからスマホを触っていないと気がついた。 「申し訳ありません。スマホを見ていませんでした」 「連絡は常に確認しろ。急用の案件があるかもしれないだろう」 「善処します」  凌駕に頭を下げる。二人のやりとりを見ていた黒川も違和感を覚えたようだ。 「なぁ、二人は結局どうなったんだよ。俺は知る権利あるだろ、凌駕」 「別に……」  凌駕が口を開いたところで、陽菜は居た堪れなくて限界を感じた。 「あの、僕先に行きます。失礼します」  深々とお辞儀をすると踵を返し、急ぎ足で二人から距離を取る。  背後から凌駕の声がした。 「収まるべきところに収まっただけだ」 「なんだよ。はっきり言えよ」 「今はこれ以上話すことはない」  会話はそこで途切れた。    碌に挨拶もせず、逃げてしまった。  同じエレベーターに乗りたくなくて、丁度開いたところに飛び込む。  心臓が大きく伸縮している。動悸が治まるようにゆっくり深呼吸を繰り返した。  黒川に陽菜との関係を訊ねられた時の、凌駕の呆れたような表情が目に焼き付いている。  陽菜に対する事務的な言葉も、棘のある喋り方も、昨夜までとはまるで違っていた。  折角止まった涙がまた溢れそうになり、下唇を噛み締める。ここへは仕事をしにきているのだと、周りにバレないように自分の腿をぐーの手で殴った。    エレベーターから降りると、休憩スペースに立ち寄りスマホをチェックする。  昨日、凌駕は陽菜のマンションを出た後にメッセージを送ってくれていたようだ。  そこには、流石に寝るスペースが確保できなかったから帰るとの旨が書かれていた。今日は楽しかった。本当は朝まで一緒にいて朝ごはんが食べたかったとも。  フォローもスマートで卒がない。  朝、例えこのメッセージを読んでいたとしても、上手い返信の文章は打てなかっただろう。  スーツのポケットにスマホをしまい、気持ちを仕事モードに切り替えた。  高槻と長谷川は朝から上機嫌だった。 「陽菜鳥〜!! おはよう。最高の朝に乾杯しようぜ。ココアとコーヒーで」 「おはようございます。今日も奢りですか?」 「あっっったり前だろ!! 陽菜鳥のおかげで望月さんと食事できたんだから、お礼だ、お礼。そうだ、今日はランチも奢ってやるからな。何が食べたいか考えておけよ」 「ありがとうございます。食欲が湧いてきました」 「お前は細いんだから、しっかり食べろよ。体力勝負の仕事だぞ」 「細いのは高槻さんもですよ」  高槻を喋っていると余計な力が抜ける。本当に有難い存在だと思う。  高槻と長谷川は、昨夜帰ってからも余韻が冷めず、二人で飲み直したそうだ。 「陽菜も誘えば良かったって言ってたんだよ。次は呼ぶからな」 「是非、楽しみにしています」  相手が凌駕でなければ、陽菜も身構えずにいられるのに。  上手く振る舞えないのは凌駕に対してだけだから、余計にどうしていいのか対応に困ってしまう。  それでも病院に一緒に行かなければ同意書にサインも出来ない。  メッセージの最後に『病院へは今週の金曜日でどうか』とも書かれていた。きっと予定の空いている最短を提示してくれている。せめてそれまで自分の評価が最下層まで落ちないよう努めたい。    未練から立ち直ってからの凌駕の行動は、陽菜にとっては残酷でしかなかった。

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