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第18話 黒川の気遣い②
スーツのデザインは全てお任せした。自分で決めるよりも、二人に任せた方が格段にセンスが良い物に仕上がると思った。
全て黒川に支払わせるわけにもいかないと思い、ネクタイくらいは自分で買いますと言ったのだが、黒川からも御影からも断られてしまった。
「全部コーディネートして渡したいです」
御影からそう言われてしまうと、「はい」としか返せなかった。
ブティックを出た頃には黒川も陽菜も腹ペコだった。
「何か食べよう。何が良い?」
「安物のスーツでも入れる店ならどこでも良いです」
「ははっ、やっぱ陽菜ちゃんって面白い。テイクアウトしてドライブしながら食べようか」
「黒川さんって、意外すぎて読めないですね」
「どういう意味なの、それは」
「テイクアウトとかしないと思ってました」
「普通にするよ。ジャンクフードも食べるし、ファストフード店も行くよ」
「想像が出来ないです」
じゃあ、と黒川はドライブスルーでハンバーガーのセットを買い、車を走らせながら器用に食べ始めた。横から見ていると口の大きさがよく分かる。
陽菜の一口よりも三倍くらいは大きいように感じた。
瞬く間に一つ目のハンバーガーを平らげた黒川は、二つ目のハンバーガーに移る。陽菜はまだ半分も食べていないというのに。
「黒川さんって見てて飽きないですよね」
「そう? このまま朝まで一緒にいてずっと観察してくれても良いんだよ」
「いえ、帰ります」
「あはは。言うようになってきたね、陽菜ちゃん。朝は死にそうな顔してたから心配してたんだけど、大丈夫そうかな?」
「そんな顔してましたか?」
「そうだね。凌駕も何も言ってくれないしさ。とは言っても、奴は昔から事後報告しかしないんだよね。凌駕と何か進展はあったの?」
「……金曜日に、一緒に病院へ行くことになりました。きっと、黒川さんへの報告はその後かもしれないですね」
あからさまに声のトーンが落ちたことに、陽菜は気付いていなかった。
黒川との時間が楽しくて忘れていたのだ。自分が凌駕と番ではなくなる日は、もう三日後に迫っていると言うのに。
黒川は車を走らせて、気付けば海沿いまで来ていた。
「陽菜ちゃん、こっちおいで」
トランクを開け、並んで座ると夜の海が目の前に広がっている。
暗くて何も見えないが、潮の匂いと波の音が自然と深呼吸を誘う。肩の力が抜け、ぼんやりと暗い景色に視線をやる。海にヒーリング効果があるのは本当だと思った。
今日一日がとても長かったように感じる。
冷めてしまったカフェラテを飲んでいると、少しの間同じように静かに海を見ていた黒川が口を開いた。
「さっきの啓介もオメガなんだ」
「そうなんですか!?」
「喋ってみてどうだった?」
「落ち着いていて、柔らかい印象を持ちました。話しやすくて、一生懸命さも伝わってきました」
「でしょ? 啓介は頑張り屋なんだよ、昔から。俺と同い年の姉がいてさ、母親を病気で亡くしたのがキッカケで姉は医者になった。だから代々続くあの店は啓介が守れって、姉弟で話し合って決めたんだって。上客はほぼアルファなのにさ、強い薬飲んで頑張ってんの。誰かさんにそっくりだと思わない?」
黒川は陽菜の頬を人差し指で突きながら言う。陽菜は何も言い返せなかった。
「先に電話で、会社にいるオメガの子を連れて行くって言っておいたんだ。啓介も、大手企業に勤めるオメガを見れば良い刺激になると思った」
「僕なんかを見て、ガッカリしなかったでしょうか」
「そんなわけないよ。陽菜ちゃんのこと、すごく気に入ってた」
「僕も、御影さんはとても良い人だと思いました! 友達になりたいくらい」
「そりゃ良いね。なってやってよ。俺から言っておくから」
話しながら、なぜ黒川が陽菜にスーツをプレゼントすると言ったのか分かった気がした。
きっと陽菜のためではなく、御影のためで、あの店のためなんだと。そう思ったら、素直に受け取ろうという気持ちになった。
「啓介を見て、オメガだって思った?」
「思わなかったです」
「それって、陽菜ちゃんにも言えるよね。現に会社で、陽菜ちゃんはオメガかもしれないなんて疑ってる人はいない。誰も知らなければ気にしない。オメガだからって、自分を卑下する必要ないんじゃない?」
「そう、ですね……。頭では理解してるんですけど。なかなか……」
「頑張ってる姿は絶対見てくれてるから、少しずつでも自信が持てるようになるといいな」
「ありがとうございます。元気出ました」
「オッケ。じゃあ帰るか。凌駕に『用事が終わったら速やかにマンションに送り届けろ』って言われてるんだけど、凌駕のマンションでいい?」
「え……いや、僕はなんとも言われていないですし。もう、今からでは時間も遅いので。自分のマンションに帰ります」
黒川は「それでいいの?」と念押しで確認してきたが、今は凌駕に会わせる顔がない。黒川は無理強いせず陽菜のマンションまで送ってくれた。
凌駕からの連絡はなかったので、陽菜からもしなかった。
風呂はシャワーで済ませ、早々に布団に入る。
黒川が陽菜を気に掛ける理由は、御影と重なる部分があるからだった。なんとなく、黒川は御影に友達以上の感情を抱いているのではないかと思った。だから自分のベータを悔いていたのかもしれない。
今日、黒川と過ごせて良かった。
少しずつでいいと言ってくれたのが嬉しかった。
波の音を思い出しながら、心地良い眠りについた。
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