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第24話 帰ってきた部屋②
数分して、凌駕は素早くおにぎりと水分を準備してくれた。
「起き上がれそうか?」
ベッドサイドのテーブルにトレーを乗せる。陽菜は緩く顔を横に振った。
「少しでも食べておかないと、倒れてしまう。ほら」
凌駕は片足をベッドに乗せ、陽菜の背中に腕を差し込む。上体を起き上がらせるとクッションを積み、簡易的な背凭れを作ってくれた。
口移しで水を飲ませてもらい、おにぎり一つ食べるのに十分以上の時間を費やした。
「一眠りするといい。体は拭いておくが、後で風呂に入ろう」
こくこくと頷くが、心もお腹も満たされて眠気が限界だった。緊張状態が続いていたのもあり、凌駕が隣にいてくれる安心感から、あっという間に寝入り込んだ。
凌駕はその後、陽菜の体を拭き、パジャマに着替えさせ、シーツも交換してて眠ったらしい。
目が覚めると、あれだけ濡れていた体からベタつきもなくなりシーツもさらりとした肌触りになっていた。
泥のように眠り、体の怠さはあるものの、気持ちはスッキリとしていた。
時計をみるとまだ起きるには早い。
隣でぐっすりと眠っている凌駕の寝顔を見ながら、夜が明けるのを待つ。静かな寝息が心地よく耳を掠り、また陽菜の眠気を誘う。
そんなことを繰り返しているうちに、今度は凌駕が目を覚ましたらしく瞼にキスをして起こされた。
「体は、どう?」
「大丈夫です。色々と、ありがとうございました」
「歯止めが効かなかったんだ。このくらいしないと俺の気が済まない」
ベッドの中で向かい合い、小声で会話を楽しむ。
今日は週末だから、いつまででもこうしていたいと思ってしまう。月曜日からはまた仕事一色の世界に戻る。今のうちに少しダラダラしていたい。
寝たり起きたりを繰り返しながら、そのうちにハッキリと目が覚めた凌駕が風呂の準備をしてくれた。足腰の立たない陽菜を抱き上げて浴室まで連れていくと、頭の先から足の先まで洗ってくれた。
目は覚めているがまだ頭が働いていない。凌駕の施すシャンプーが心地よくて目を眇める。
湯船に浸かっている間も特に会話もせず、じんわりと体の芯まで温まるのを感じていた。
沈黙の時間が続いても、不思議と気まずいとは思わなかった。背後から抱きしめられた状態で、陽菜は素直に身を預けられた。
風呂から出た後は、凌駕がブランチを作ってくれた。
リビングのテーブルに並べ、テレビで映画を流して観ながら食べた。
二人とも真剣には観ていない。
そのうち凌駕が口を開くと、すれ違ってしまったあの日のことを話し始めた。
病院で先生に話していた内容であるのが、驚きすぎて感極まっていたのもあり、全てをちゃんと聞けていなかった。凌駕もそれを察していたのか、ゆっくり順を追って話し始める。
「陽菜と過ごした週末があまりに心地よくて、休みが明けても一緒にいてほしいと思っていた。でもここにはまだ誠の物があちこちに残っていて、気持ちの整理は出来ていても、陽菜を迎え入れる準備が整っていないと気が付いた。だから誠を思い出させるものは全て処分し、未練を断ち切った。陽菜のマンションでそれを説明するに、いきなり誠の名前を出したのは間違えたと後悔した。泣き疲れて眠ってしまった陽菜が勘違いをしているとは、考えれば分かった。泣き止むのを待って一から話そうと思っていたんだが、眠ってしまったから次の機会にしようと思って帰ってしまった。その後は弁明のチャンスがなく、自分の行動の浅はかさに後悔ばかりしていた。陽菜の気持ちを取り戻すには、番証明書にサインをするしか方法はないと考えた」
「僕、誰とも恋愛したことがなくて未だに凌駕さんに慕ってもらっている自信がありません。でもそれで不本意に傷つけてしまったのが悔しいです。自分ばかりって嘆いて、本当に悲しいのは凌駕さんだったのに」
陽菜の言葉に凌駕は頸を振る。
「今、こうして一緒にいる事実がある。それが何よりだ。それに一週間我慢した甲斐があって、陽菜のかわいい姿をたっぷり堪能できたしな」
「や、やめてください! それ、セクハラですよ」
昨日の潮噴きを思い出して赤面した。
凌駕は「あはは」と声を出して笑い、陽菜を抱き寄せた。
「戻って来てくれて、本当に良かった」
「考えていることが同じで嬉しいです」
陽菜からも凌駕に腕を回す。好きな人には妙に身構えて上手く立ち回れない。でも、せめて自分の気持ちは伝えられるよう努力しようと、凌駕の腕の中で考えた。
「買い物に出かけないか。うちは食器も最低限しかないから、陽菜が使う日用品と、食材と、後は衣類も最低限必要だ」
「楽しそうですね。是非、行きたいです」
「しかし午前中だけ休日出勤しなくてはならない」
「じゃあ、僕はその間一回自分のマンションへ戻ってきます。私服を持ってこないと、着ていたスーツしかないので」
「ついでに月曜日のスーツも持ってきておけ。いいな」
凌駕がスペアキーを手渡してくれた。
忙しい日でも帰ってきて陽菜が部屋でいてくれると嬉しいからと、月曜日も火曜日もずっとここに帰ってきてほしいと言った。
それじゃあ同棲じゃないかと頭の中で焦ったが、陽菜も自分のマンションよりもこっちに帰って来たいのが本音なので、素直にスペアキーを受け取る。
不安が払拭されたわけではない。そもそも恋愛初心者の陽菜がいきなり半同棲なんて、そんな展開に頭が追いつかないのは仕方のないことだ。陽菜のだらしない部分を見て幻滅されないだろうか。一時も気が抜けないんじゃないだろうか。
不安は次から次へと湧き上がってくる。
でも……どんな自分も見てほしいとも思った。凌駕なら、受け入れてくれるような気がした。
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