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第26話 休日デート②

「なんだ、啓介くんか」  ホッとして胸を撫で下ろす。  思えば啓介とメッセージで盛り上がって以来、連絡を取り合っていなかったのを思い出す。 「もしもし、啓介くん?」 『陽菜くん、スーツの試着をして欲しいから、都合のいい日にお店寄ってもらえる?』 「了解、楽しみにしてる」 『また翔ちゃんに送ってもらう? 僕から頼もうか?』 「今度は一人で行こうと思ってるから大丈夫だよ。黒川さんと一緒にいると目立つし、店の場所もなんとなく覚えたから」  啓介は『翔ちゃんってリアクションが五月蝿いもんね』と笑っている。一応、店の地図を送って貰えるよう頼んでおく。  以前メッセージで凌駕のことを話していた。早く正式に番になったと報告したいけれど、直接言いたくて今日は黙っておいた。  仕事が忙しくて近日中には無理だけどなるべく早く行くと伝え、電話を切った。  入れ違いに凌駕からの着信が入る。 『あと十分もかからない』 「マンションの外に出て待ってます」  スーツケースだと大袈裟すぎないかと心配していたが、逆に凌駕は陽菜の荷物を見て「たったのこれだけ?」と驚いていた。 「あまり服とか持っていないので」 「今日、買い足せばいい」    車に乗り込むと、凌駕の行きつけのお店をあちこち巡った。  (これって、デートだよね)一人で考えてドキドキする。  デートなんて生まれて初めてだ。凌駕は慣れているのでリラックスしている様子が伺える。  仕事にはスーツで向かったのに、私服に着替えて着ているところが抜かりない。髪もラフに整えられていて、やはりシンプルながらに質の良さを感じるファッションであった。 「何をじっと見ているんだ?」 「え、あ、すみません。こんなふうに、外を歩くのって初めてだなって思って」 「そういえばそうだな。陽菜とは夜ばかりだったもんな」 「その言い方には語弊を感じます」 「曲解しているのは陽菜の方だ。案外エッチだな」 「違っ!! そんなんじゃ……」 「なんだ、違うのか。俺は夜の陽菜も好きだけど」  耳許で囁かれ、ぞくりと戦慄く。  凌駕はわざと意地悪を言って陽菜を揶揄っている。  顔を真っ赤に染めて睨むと、凌駕は思わず声を出して笑った。 「ははっ、悪かった。そう睨むな」 「僕は先輩みたいに恋愛に慣れていませんから、揶揄われても上手く返せません。恋人ができたのも初めてなんですからね」  陽菜は街で下半身が反応してしまうかとヒヤヒヤし、流石に凌駕を責めた。なのに凌駕は刹那目を瞠ったあと、陽菜の髪に口付ける。 「最初で最後の男にしてくれよ」  ますます赤くなった陽菜の手を堂々と握り、次の店へと案内した。  楽しいけれど、気が気じゃない。  激しいセックスを思い出しただけで体が疼いてしまうくらいなのに、凌駕は余裕で陽菜を煽ってくる。  冷静を取り戻すのに一時間はかかった気がする。  それでも食器や衣類、日用品や食材の買い足しは順調に進んでいった。    黒川が啓介の店でスーツを作ってくれている話をすると、それでは時間がかかり過ぎると言って、凌駕の馴染みの店でレディメイドのスーツを取り急ぎ揃えてくれた。 「こんなに沢山、頂き過ぎです」 「俺がそうしたいから、受け取ってくれ。それに黒川ばかりに良い顔させられない」 「妙に張り合いますよね、黒川さんと」 「あいつは昔からそうやって俺を煽って楽しんでる。俺の負けず嫌いを知ってるからな。まぁ、でも悪いやつじゃない。翔も啓介もいい奴だろう?」 「はい。啓介くんと友達になりました。同じ男のオメガだし、嬉しいです」  こっそり二人の関係を聞こうと思ってやめた。  予定が合えば啓介の店まで送ってくれると約束をしたところで、概ね買い物も終わり車へ戻った。 「いっぱいですね」 「疲れてない?」 「大丈夫です。楽しかったです」 「帰ってある程度片付けたら、ゆっくり過ごそう」  凌駕のマンションに帰り、二人とも両手に荷物を限界まで持ち、どうにか一回で荷物を運び切った。  食材だけ冷蔵庫に仕舞うと、揃ってソファに凭れた。  充実した一日になり、とても満たされている。陽菜がオメガだからと言って、女の子のように扱われなかったのが良かった。  ちゃんと一人の男として向き合ってくれるのが嬉しい。そういう細やかな気配りに、凌駕の人柄が現れているように感じる。 「歩き疲れたから、食事の前に風呂に入らないか」 「賛成です。今日、買ってもらったパジャマ着たいです」  陽菜のマンションから部屋着は持ってきたが、くたびれたTシャツとハーフパンツはやっぱりここの部屋には似合わない。凌駕が色違いで揃えてくれた、サラッとした肌触りの良いパジャマが良いに決まっている。  凌駕は直ぐにお風呂の準備をしてくれ、二人で入った。またそういう雰囲気になってしまうかも……と頭の片隅で考えたがそうはならず、デートの続きをしているみたいで会話は途切れない。  向き合って浴槽に浸かると、次は映画を観に行こうとか近場でいいから旅行に行きたいとか、話題は尽きなかった。  その中で凌駕は「次の陽菜の発情期は、必ず頼ってくれ」と言った。 「でも、先輩は仕事が忙しいですし……」 「そんなのは、どうとでもなる。俺は陽菜より大切なものなどない。必ず、ここで二人きりで過ごそう」 「はい」  目頭が熱くなったが、湯気のお陰でバレてはない。発情期が楽しみに思えるなんて初めてだった。

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