27 / 61
第27話 語り合う①
お風呂上がりに冷やしておいた缶ビールで乾杯した。
「ぷはっ!! 美味しいですね!」
「今日はいっぱい歩いたし、疲れただろう」
「仕事が立て込んでいたので、良い息抜きになりました。お揃いの食器もパジャマも嬉しいです」
ダイニングテーブルには、凌駕が手早く作ってくれたペペロンチーノにサーモンのカルパッチョ、ブロッコリーとゆで卵のサラダが並んでいる。
今日は凌駕の方が忙しかったはずなのに、陽菜には後で観る映画を選んでおくよう頼み、料理を手伝わせなかった。
「美味しいです」
「手抜きだから、褒めてもらっても手放しには喜べないな。料理は体作りのためでしかなかったから、もっと練習しておくべきだった」
「先輩は完璧すぎます。これが手抜きなんて言ってしまえば、僕が毎日食べてるのなんてもっと酷いですよ。コンビニ弁当をレンチンするとか、お湯を入れて三分待つとか。手抜きっていうのはそういうことです。これは立派な手料理です!!」
凌駕は陽菜の熱弁に笑いを堪えきれてない。
「コンビニ弁当を食べたことがないから、機会があれば陽菜のオススメを食べてみたい」と凌駕は言った。
「先輩には似合わないので、そんな機会は作りたくありません」
アルコールに弱い陽菜はすでにほろ酔いで、いつもより雄弁だ。
今日は初めて凌駕と休日デートを楽しんだ。
『上司』と『部下』という関係を気にせずに過ごせた、良いキッカケになったと感じる。
それは凌駕においても言える気がしている。いつだって陽菜が第一優先で、自分のカッコ悪いところは見せない。隙のなさは一見かっこいいが、どうしても一線引かれているようにも捉えられる。大切にされているのを感じる反面、謙遜してしまう。なので陽菜が凌駕に対して身構えてしまうのは仕方のないことだった。
けれども今日の凌駕は自然体で砕けていた。馴染みの店のスタッフと談笑する姿は、上司ではなく一人の男性だった。黒川や啓介と一緒にいる時もこんな感じなのだろうと、初めて見る凌駕の人間らしい一面を陽菜は内心嬉しく思っていた。
今日という一日で、二人の距離はぐっと縮まったように思う。相変わらず凌駕は陽菜を甘やかすが、素直に甘えたいと思えるようになったのはデートあってこそだと言える。
「明日は陽菜の作る朝ごはんが食べたい」
「んぐっ! 高槻さんの件、まだ覚えていたんですね」
「嫉妬深いし、負けず嫌いだからな」
飲んでいたビールを吹きこぼしそうになってしまった。こんなことを平然と言える凌駕には感心してしまう。高槻なんて酔っ払いすぎて、自分で話した内容など露ほども覚えていないのに。
「わ、分かりました。でも本当に大したご飯じゃないですよ」これ以上は断るわけにもいかないので、 咽せながら了承した。
「陽菜が作ってくれるなら何でも嬉しい。明日の朝はジムに行ってくるから、帰ったら一緒に食べよう」さり気なく言う凌駕はご満悦だった。
こんな料理を食べた後での頼みは気が引けるが、明日も当たり前に一緒にいると思ってくれているのが、何だか面映ゆい。
今日は沢山お互いのことを話した。
食事の後も、片付けをしながら、映画を観る準備をしながら、ずっと話をしていた。そのうち話に夢中になってしまい、リビングで飲み直しながら映画を再生するのも忘れて語り合う。
話は凌駕の幼少期に遡り、十歳のバース性検査でアルファだと診断された時の話題になる。
両親共にアルファで姉もアルファ。それでも姉はあまりバース性に拘る性格ではなかった。両親の期待は凌駕だけに注がれた。特に母親は手当たり次第習い事を詰め込み、遊ぶ暇も与えられなかったそうだ。
『アルファだから何でもできて当たり前。世間からはそういう目で見られる。でもその期待に応えられる人こそ、真のアルファだ』そう言い聞かされ、勉強もスポーツも何もかもを叩き込まれた。
「母の教育方針は、あの頃の俺には窮屈だった。回りが自由に見えて羨ましかったし、アルファじゃなければ両親の厳しさから解放されると思っていたから、ベータが良かったと思っていた」
凌駕が両親から逃げるように大学生から一人暮らしを始め、黒川と出会ってからはどんどん視界が広がっていったのだと続けた。今でも両親と仲が悪いわけではないが、凌駕の健康よりも仕事ぶりの方が気になる人たちだと話す。
「別にそれで構わない」と言った凌駕は少し憂いて見えた。
凌駕が家族に対して抱く気持ちは意外な気がした。
他人の気持ちに敏感で対応力に優れている、そんな人が自身親に対して一線を引かなければならないのは寂しい気がした。でもそれは凌駕の性格ではなく両親が凌駕をそこまで追い詰めたのだ。
負けず嫌いで独占欲が強く、寂しがりや……紐解いてみれば子供の頃の経験が確実に今の凌駕を作り上げていると言える。
なんでも卒なくこなすのは、単にアルファだというだけでなく凌駕自信の努力の賜物である。
「僕も、先輩はアルファだから何でも出来るって思ってたたところ、ありました。僕はオメガだから人一倍頑張らないといけないとも……でも、そんなの関係ないですよね。反省です」
「そんなことを言わせたかったんじゃない。陽菜が俺を完璧だと言うから、別に完璧じゃないと言いたかっただけだ。その経験おかげで、人よりも努力をするのは苦にならなくなった。自分の好きなように生活させてもらえているのも、家族同士の諍いがないのも、俺が母の教育方針に根を上げなかったからだと今でも思っている」
眉を下げ、苦笑いを浮かべる。掻き上げた前髪で露わになった肌が濡れていて余計に色っぽく感じ、なんとなく直視できない。
凌駕はふと陽菜を覗き込む。
「あの、どうかされましたか?」
「名前で呼んでくれるんじゃなかったのかなって思っただけだ」
「う……、ごめんなさい。まだ照れが先に立ってしまって……」
「慣れるように、いっぱい呼んでくれ」
柔らかく、しかし蠱惑的な眼差しで更に陽菜を煽る。陽菜は凌駕にこの顔をされると困ってしまう。冗談なのか、それとも本気なのか。真面目に反応を返してもいいものなか、判断ができない。
(今は微笑んでいるから、軽く返すべきなのかもしれない)
凌駕の表情を探りながら適切な言葉を選ぼうとして考えすぎてしまっていた。ふと我に帰ると、凌駕の顔が目の前に迫っていた。
「ほら、陽菜。こっちを見て」
「せんぱっ……」
「今は先輩じゃない」
「凌駕さん」
ゆっくりと凌駕の顔が近付き、その流れで唇が重なった。
ずっと引っ付いていたくて腕を絡めて寄り添う。
ようやく映画を観て、途中で眠くなって二人で寝室へと移動する。並んで横になると、隣に体温を感じて安心し切った陽菜は速やかに眠りに落ちた。
ともだちにシェアしよう!

