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第31話 溢れるフェロモン③

 ♦︎♢♦︎  暗闇の中で陽菜はたった一人バスに乗り、ひたすら続くトンネルを走っていた。  遠くに一点の光が見えるが近付く気配はない。バスは走っている。なのに出口がどんどん遠ざかっているような気がする。  なんとなく自分は凌駕に会いに行っていると思った。このトンネルを抜けた先は明るい世界が広がっていて、そこで凌駕が待ってくれているような期待を抱いている。  しかし時折、胃の底から()り上がってくる吐き気だけが、異常なほどリアルに感じて顔を歪めた。  気分が悪い。頭が重い。座っているのも辛い。横になりたい。一体いつまでこのバスに乗っていなくちゃいけないんだ。口許を押さえながら俯くと、下肢をオメガの液で濡らしているのに気が付いた。 「うっ」嘔吐(えづ)いて胃の中のものを戻してしまう。  汚してしまったショックで記憶が蘇った。  さっき会社で見知らぬアルファの男性に襲われたのを思い出したのだ。  口許を拭いながら、暗闇の窓ガラスに映った自分の顔を見た。頬が痩けて目は虚で疲弊している。首に痛みは感じなかったが、体の至る場所に違和感を感じた。全身を掻き毟りたくなるほどの不快感だ。  凌駕以外の人に反応するなんて、最低のオメガだと卑下する。  きっと凌駕からは捨てられるだろう。裏切った陽菜には取り繕うことさえ許されない気がした。 「うぅ……」今度は嗚咽が出るほど泣いた。  もう会社にも行けない。高槻にも長谷川にもオメガだとバレてしまった。  せっかく入社できた大手企業。大切に陽菜を育ててくれた先輩たち。陽菜はその全てを失う覚悟をしなくてはならない。  自己嫌悪に陥り、泣いても泣いても後悔に苛まれる。  ふと前を見て、前方に見えていた一点の光が消えていることに気付く。  僅かな望みも失ったのか。これが絶望なんだと思い知った。  呆然としていると、突然バスが止まる。  はっとして眸を開くと、前席に黒川の後ろ姿が見えた。見た事のあるこの場所は黒川の車の中だと何となく思った。   「……夢か」呟くと、視界に高槻が映り込んだ。

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