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第34話 診断結果①

 咲坂は軽い抑制剤を準備してくれていたが、断った。発情期中はこれまでも薬は止めていた。異例の事態の中、少しでもいつも通りで居られるよう務めたかった。    凌駕と過ごす予定が一転し、孤独な一週間を送らなければならなくなった。自宅であれば凌駕がきてくれたかもしれないが、ここは絶対に番のいないアルファは入れない隔離病棟だ。  凌駕が許可されないということは、つまりはそういうことなのだろう。   「凌駕さん……凌駕さん……」  どんなに名前を呼んでも、本物には会えない。想像の中の凌駕は陽菜の欲のまま求めてくれるが、それでオメガの性が満たされる時が来るわけもない。  凌駕との生活に慣れすぎてしまい、彼なしでの発情期など想像もしていなかった。今頃は二人きりで思うがまま愛し合い、満たし合っているはずだった。    何故、こんなことになってしまったのか。定期検診でも凌駕との番は成立してると診断されていたのに、他のアルファにフェロモンが届いてしまった理由など、陽菜には思いつきようもない。  現実との落差に、ヒートはこれまでで一番悪化していると感じる。  何度果てても熱が鎮まりそうにない。それどころかヒートの波が落ち着いても高熱に魘され、苦しみから逃れられない日が続いた。  三日が過ぎても高熱が下がらず、水分補給も儘ならない。    咲坂は他の人の診察の合間に足繁く病室に顔を出してくれたが、まともに相手ができないほど陽菜は衰弱していた。  この熱は凌駕なくては治らないと咲坂も考えてはいるだろうが、凌駕のアルファ性は陽菜を襲った男よりもさらに強い。そんな人をこの病棟に入れるわけにはいかない。助けてあげたいと思っても、患者は陽菜だけではないのだ。  陽菜はとても会話ができる状態ではなく、血液検査の結果も聞けそうにない。  苦悶の時間は永遠に感じられる。  陽菜は入院してから何度も嘔吐を繰り返し、高熱に意識を飛ばした。点滴だけでは脱水症状も補えない状態にまでなってきた。  襲ったアルファの男と余程相性が悪かったのか、凌駕以外のアルファを受け付けなくなったのか、拒絶するように体内の物質全てを吐き出す勢いだ。    四日目に入り、咲坂は「ごめんね」と呟くと抑制剤の注射を打った。 「なるべく患者さんの意思を尊重してあげたいけど、今回は医師としての判断を優先させてもらうよ」  体の負担にならない程度の薬であったが、突然番を失ってしまったのも、この酷いヒートの原因になっているだろう。それは陽菜だけではなく咲坂もそう考えていると思われる。    ショック状態に陥った陽菜の身体は、このままでは一週間を待たずして限界がきてしまうと咲坂は判断し、例え発情期が長引いたとしても体の負担を軽減する手段を選んだのだ。  お陰で呼吸が楽になり、解熱剤も少しずつ効き始めた陽菜は、ようやく熟睡できた。  しかし食欲は皆無に等しく、体力の限界から救われたわけではない。  咲坂は少しでも食事が食べられるようにと励まし続けてくれた。  陽菜が食事を取れるようになったのは六日目に入ってからで、薬を服用するため仕方なく、無理矢理口にしたというのが正しかった。咲坂は理由はなんであれ、体の負担を軽減させるには食べるしかないと声をかける。 「体力が回復すれば、発情期の症状も落ち着くはずだから頑張れ」  咲坂は休日も返上して陽菜に付き添ってくれた。発情期が落ち着けば、黒川や高槻とも会えると、穏やかな姿勢を崩さない。咲坂が常に冷静でいてくれるから陽菜の気持ちも落ち着いてきた。  そうして完全に発情期から解放されるまでに二週間を要した。出せるものは全て出した。  アルファの男の精が一切なくなったと実感するほど、身体がスッキリしていま。  ただ食欲は回復したわけではなく、2週間もベッドから降りられなかった為、歩くにはまだ無理がある。体力が戻るまで更なる入院生活を余儀なくされた。

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