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第35話 診断結果②

 明日からリハビリの開始を控えた夜になり、咲坂が病室を訪ねてきた。 「陽菜くん、そろそろ血液検査について説明してもいいかな?」  咲坂の言葉にドクンと大きく心臓が伸縮する。陽菜は口をぎゅっと結び、無言で頷いた。  珍しく咲坂の表情が強ばっている。結果は聞かずとも分かったようなものだが、避けられない。  しかし咲坂の口から言われると、結果を覆せなくなるのが怖くて身構えてしまう。  陽菜は咲坂をじっと見詰め、覚悟を決めた。   「望月さんと番証明書にサインをした時、確実に番になれていた。けれど、どうもそれが不安定だったとしか考えられない。今回の血液検査で、アルファの性質は完全に消えていたんだ」  陽菜はショックが大きくて声が出なかった。  咲坂はしばらく陽菜の様子を伺っていたが、再び口を開く。   「一つ確認したいんだけど、望月さんに頸を噛まれた時、陽菜くんは発情期に入っていたのかな?」  そう言われ、振り返ってみると、答えはNOだった。発情期に入りかけていたが、完全ではなかった。むしろ、凌駕との一件で誘発されたように発情期に入ったというのが正解だ。  眉根を寄せ、咲坂を見ながらかぶりを振る。  咲坂は「やっぱりそうか」呟き、目を伏せてカルテを見た。   「想像するに、一度番になれたのは望月さんのアルファ性が強いのと、二人の相性が良かったからだと考えられる。現に今回の件で陽菜くんの身体は拒否反応を起こした。あの時も、他のアルファなら番になっていなかっただろうね。陽菜くんのオメガ性は、相性の良い人しか受け入れない体質かもしれない。それでも、望月さんのアルファ性を持っても、番になる条件が揃っていなかったばかりに不安定な状態が続いていたとしか思えない。番関係が自然消滅するのは珍しいとはいえ、症例がないわけではない。残念だけど、噛み痕も数ヶ月も経てば消えてしまうだろう」   「そんな……」か細い声しか出なかった。  奈落の底に突き落とされた気分だった。  凌駕と番じゃなくなった。頸にはくっきりと噛み痕が刻まれているというのに。この証が消えてしまうというのか。  凌駕と出会い、愛され、オメガの自分でも幸せになれると喜悦していた気持ちが打ち砕かれた。  目の前がブラックアウトし、思考が停止してしまった。  咲坂は陽菜の手を握り、白衣のポケットからハンカチを取り出すと、頬をつたう涙を拭ってくれた。自分が泣いていることにすら気付いていなかったが、体は動かなかった。  静かに、しかし止まることなく溢れる涙も自分で拭えない。咲坂はやせ細った陽菜を抱きしめてくれた。大きな手で子供をあやすように背中を擦る。 「ぅ……ぅぅ……」 「ここには私しかいないよ」果てしなく優しい口調に、陽菜は声をしゃくり上げて泣いた。  初めて好きになった人だった。初めて信じたいと思った。初めて寄り添いたいと自ら歩み寄った。全部、全部、陽菜の感情の初めては全て、相手が凌駕だったからこそ生まれたのだ。  赤の他人になってしまった。  どこかで自分たちも運命の番なのではないかと、期待していた。  しかし誠のような奇跡は、陽菜には訪れなかった。神様に裁かれたようだ。欲を出したから、優越感に浸ったから、突然訪れた順風満帆な日々に驕ったから。  一人で生きていく道を選べと、示されているのか。  体力のない陽菜は泣き疲れると、眠ってしまった。瞼の裏にも凌駕はいない。ただの暗闇の世界だ。  翌日も起き上がれず、リハビリは断念した。  落ち込む陽菜に咲坂は、毎日連絡をくれる高槻に会わないかと持ちかけた。 「今日、明日とは言わない。でも、今は一人でいない方がいいと私は思うよ」 「……はい」感情はこもらなかった。  咲坂は高槻の都合のいい日に来てもらうよう、連絡を取りつけた。  翌日になり、わざわざ有休を取ってまで高槻は陽菜に会いに来た。黒川も一緒だった。  二人とも、二〇日ほどの間にガリガリに痩せ細った陽菜を見て驚愕した。

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