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第40話 触れ合いたい①

 凌駕の仕事が終わるまでの時間、気を紛らわせるために読書をしたり、リハビリを兼ねたストレッチをして過ごす。  映画でも観ようかと一度はテレビを起動させたが、寝落ちしそうな気がしてやめておいた。病院でいるときも退屈していたけれど、同じような時間でも環境が違うと心の持ちようは随分違う。  無機質な病室は守られてはいても、孤独感が誇張される。黒川や高槻が帰っていくのを見送るたび、一人別世界に取り残されたような闇に襲われる。しかし凌駕の痕跡が残るマンションは、咲坂やナースがいなくてもリラックスできた。  番でなくなってしまったとはいえ好きな気持ちに変化などなく、それどころか日々恋情は大きく膨れ上がっている。  声が聞きたいと思っていた。それが叶えば顔が見たいと思ってしまうのも自然な流れで、きっと顔を見てしまえば直接逢いたくなるのだろう。  ここで二人で過ごした何気ない時間が思い出になるなんて、誰が想像できただろうか。  ソファーで横になっていた陽菜は部屋を一周見渡した後、目尻を指で拭い取り立ち上がった。  黒川が冷蔵庫に入れておいてくれたご飯を温めて、ゆっくり時間をかけて食べる。凌駕が信頼を寄せているというだけあって、控えめな味付けなのに美味しい。これが毎日食べられるなんて贅沢だと思うくらいに。    ちょうど食べ終わったタイミングでスマホの画面が光った。凌駕の名前が表示されている。  もう何年も会っていなかったような気分でいたため欣喜する心を抑えられず、急いで箸を置き、咳払いをしながらスマホの前で体勢を整えた。 「凌駕さん!」  通話ボタンを押すと同時に、自分が思っていたよりも大きな声を出してしまった。懐かしささえ感じる笑い声が耳をくすぐる。 『退院おめでとう、陽菜』 「ありがとうございます。やっと、ここに帰ってこられました」  凌駕がいないのだけが足りないという言葉は飲み込んだ。    凌駕は直ぐにビデオ通話に切り替えようとスマホを操作する。今日は陽菜もそれに従った。  スマホの画面いっぱいに凌駕の顔が映し出される。  髪が以前より短くなっていた。「髪を切ったんですね」と言うと、引っ越す前に切ったのだと教えてくれた。    凌駕の顔を見ただけで胸が熱くなる。眸を細め、優しく微笑む凌駕の姿に目頭が熱くなったが、今日は泣きたくないと思い必死に笑顔を繕った。  凌駕も陽菜を見ている。二人とも感極まって言葉を失い、しばらく見詰め合う。  陽菜も凌駕の隅々まで視線を這わせる。眸も、細い鼻梁も、耳も、輪郭も、記憶の中の凌駕そのものだ。 「凌駕さん……」呟いて、突然自分の身なりが気になった。変なところはないだろうか。寝癖はついていないだろうか、唇は乾いていないだろうか、確認せずに電話に出てしまったことを後悔してももう遅い。    そわそわと落ち着きなく前髪を弄ったり口許を拭ったりしていると、凌駕がくすくすと笑った。 『充分、可愛いけど』 「あ、いや、鏡を見る癖がなくなってしまってて」 『退院したばかりなんだから、気を使わなくていい。やっと顔を見せてくれたんだから、元気になった姿をこの目で確かめさせてくれ』  スマホに顔を寄せても、小さな画面では限界がある。  陽菜だってもっとじっくり凌駕の顔が見たい。   「会社にノートパソコンを置いたままなんです。明後日の夜なら、もっとしっかり見られるのに」  陽菜が項垂れる。  『それなら』と、凌駕は明後日の夜はリモートで退院祝いをしようと提案してくれた。  番が無効化され、陽菜のために遠くに引っ越す羽目にもなった。嫌味の一つくらい言われても仕方ないのに、凌駕は常に楽しませてくれて、喜ばせてくれる。  こんな人だから、好きにならずにはいられないのだ。  (触れたいなぁ)と思ってしまう。  抱きしめられて、キスをして、沢山、沢山、触って欲しい。  凌駕の大きな手で撫でて、耳許で名前を呼んで、深いところで繋がりたい。 『陽菜、顔が赤いな。まだ万全ではないんじゃないのか?』 「あ、いや。大丈夫です。考え事しちゃいました」 『それは、どんな?』 「どんなって……言われても……」 『俺も考え事をしていた。陽菜に触れたいってな』  凌駕の顔が画面に寄る。  これが電話じゃなければ唇が触れそうな距離だ。吸い寄せられるように陽菜も画面に顔を寄せた。 『キスがしたい。身体中舐めて、陽菜の中に這入りたい。奥まで掻き乱して、陽菜が啼いて縋っても、何度も果てるまで突き上げて、俺のものだって……陽菜は俺だけのものだって実感したい』 「凌駕さん……」  想像して体が熱くなる。  孔が疼いて、オメガの液で下着がじんわりと湿ってきた。  凌駕との情交を思い出し、身体を愛撫する感触を思い出しただけで中心に芯が通り始める。 『陽菜、少しでいいから見せてくれないか』 「え、ここで……」 『俺のマンションだから、他には誰もいないだろう』 「そうですけど」 『陽菜が足りないんだ』  寂しそうな表情に、ついTシャツの裾に手を掛ける。恥ずかしいが、陽菜も凌駕の身体が見たい。お互いに見せ合うなら……そう言うと、凌駕は返事もせずにシャツを脱ぎ払った。 『これでどうだ』 「とても……綺麗です」  日々身体作りを怠らない造形美は健在だ。  痩せてしまった陽菜は一層貧相になったが、こうなれば逃げる口実もない。思い切ってスマホの前でTシャツを脱ぐ。  凌駕はそんな陽菜をじっと見詰め、うっとりと微笑んだ。 「凌駕さんみたいに綺麗じゃないですよ。すっかり痩せてしまいましたし」 『俺が綺麗だと思えば、それが真実でいいじゃないか。陽菜はいつだって可愛らしくて、つい啼かせたくなる。喘いで縋ってくれると、全身が歓喜に満ちる。先ずは陽菜の乳首を指で弄って、爪を立てて、甘噛みをして……』 「そっ、そんなこと言わないでください」 『我慢できなくなるって? 我慢なんかしなくてもいい。せっかく顔が見られたから柄にもなく浮かれてるんだ。このまま愉しむのも悪くないだろう。指の腹で硬く勃つまで撫でて、見せてくれ』 「や、そんな、いきなり言われても」  言葉では断りながらも、手が無意識に動いてしまう。震えながら胸に持っていく。  凌駕がそうしてくれていたのを思い出しながら、指の腹で乳暈を撫でると、甘い痺れがじんわりと広がっていく。 『そう、上手だ。気持ち良くなれるように弄ってみて。抓って、引っ張って、爪を立てる……』 「あっ、はっ、ふぅ、んんんっっ」  こんなの、はしたない。自慰をビデオ通話で晒すなんて、とんだ醜態だ。頭では思っても、止められない。  凌駕から熱い視線を送られ、身体は素直に反応する。凌駕の眼差しを独り占めしたくて身体が疼く。  小さな胸の突起はぷっくりと膨れ、息は上がり、熱は上昇する一方だ。

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