43 / 61
第43話 社会復帰②
持ち帰ったノートパソコンを起動する。今日は凌駕と退院祝いをする約束の日。
着替えを済ませたタイミングで夕食が届き、テーブルに並べた。
普段はアルコールを好んで飲まないが、今日は乾杯がしたいと思い冷蔵庫を開ける。凌駕がストックしてる中から飲みやすく、なるべく安価なシャンパンを選んで冷やしておいたのだ。
グラスと一緒にテーブルに配置し、お祝いっぽく見えるか上から眺め、完璧だと満足する。
「自分のマンションじゃ、こうはいかないや」
安堵できる場所にはなったが、それでも身の丈に合ってないのは否めない。背伸びしていると感じて、くすぐったくなる。
約束の時間になったのでパソコンから入室すると、ほぼ同じタイミングで凌駕の顔が映し出された。
『今日は良く顔が見える。やはり大きな画面はいいな』
「僕も、じっくり凌駕さんが見られて嬉しいです」
『早速、乾杯とするか』
陽菜の退院に乾杯と言いながら、グラスを軽く持ち上げた。
今日からデザイン課に移ったと改めて報告しようと思っていたが、凌駕が何となく仕事の話を避けているように感じ、陽菜も今は楽しい時間になるよう努めた。
凌駕はこの前のように扇状的な言葉は口に出さなかった。翌日の電話では、久しぶりに陽菜の顔を見て浮かれ過ぎたと、大人気ない行動を反省したと言った。
陽菜は自分も凌駕をそういう目で見ていたため、浮かれていたのはお互い様だと謝罪を遮った。
今は二人ともリラックスして話している。少しだけ飲もうと思っていたシャンパンも、気付けば一人で半分ほど飲んでしまっていた。
途中からは水に変えて凌駕との時間を満喫する。
たまにはこうして一緒に食事を取ろうと約束し、パソコンを閉じる頃には日付を跨いでいた。
簡単にシャワーを浴び、ベッドに横たわる。
心地よい疲労感もあり、持ち込んでいる凌駕の服もあり、ぐっすりと深い眠りにつく。
退院してからの陽菜は幸先の良いスタートを切れたように感じた。
その後も仕事は順調で、できることが少しずつ増えてきたと実感し始めた。高槻たちともミーティングや食堂で度々顔を合わせられている。
恐れていた白瀬は、遠目にも見かけたりもしない。長谷川が言っていたように、本当に地下の幽霊部署に通っているのかも不明だ。
平穏な日々が流れ、あっという間に退院してから一ヶ月が過ぎた。
この間に啓介とも何度か食事をしたり、店に行ったりと交流を深めてきた。
凌駕とも週に最低二回はリモートで食事を共にしている。
何もかも向かうところ敵なし……と言ってしまえば大袈裟だけれど、微熱っぽいのを除けば本当に何もかもが順調と言える。
しかし……。
「陽菜ちゃん、今日体調悪い?」
「そんな風に見えますか? 実は数日前から微熱があって……でも症状はそれだけなので、問題ありません」
にっこりと笑って見せたが、黒川から終業後に病院へ行くように促されてしまった。
電車を乗り継ぎ、K大病院へと赴くと、咲坂が穏やかに出迎えてくれた。
「疲れが出たのかな?」
「毎日が一瞬で終わるみたいな感覚はありますけど、でも倒れるほど忙しいわけでもないんですよね」
「なるほど。とりあえず尿検査と血液検査ね」
ベッドに横たわり、結果が出るまで寝てていいと言ってくれたのでお言葉に甘えた。
今日は特に眠い。咲坂の声は直ぐに遠くなり、途絶えた。
次に目を覚ました時には一時間ほど経っていた。陽菜を覗き込む咲坂の表情が何だか嬉しそうで、どうしたのだろうと陽菜は不思議そうに咲坂を見た。
「陽菜くん、おめでただよ」
「おめでた? 何のですか?」
「お腹!! 妊娠してる。ほら、見て。くっきりと印が入ってるでしょ」
「え?」
勢い良く飛び起き検査結果を凝視する。確かにピンク色の線がはっきりと記されていた。
相手が白瀬とは考えられない。そもそも白瀬は自分が達する前に凌駕から引き剥がされ、抑制剤の注射を打たれている。ということは、考えられる相手は一人しかいない。
「時期を踏まえても相手は望月さんだね。多分、一番最初の時じゃないかな? 陽菜くんが完全に発情期に入っていなかったから番は無効化されてたけど、赤ちゃんは頑張って残ってくれたんだ。よかったね。彼、喜んでくれそうだね」
「赤ちゃん……僕と、凌駕さんの……」
感極まっている陽菜の背中を優しく撫でてくれる。凌駕のアルファ性の強さゆえだろうと咲坂は言う。
陽菜はお腹を抱え、新しい命を確かめるのに専念する。
「僕のお腹に、赤ちゃん……」
華奢な体でまるで自覚も持てないが、半年後には妊娠していると分かるくらいお腹が出てくると説明される。後日産科を受診し、その時に詳しく分かるだろうと言ってくれた。
安定期に入るまでは安静にと注意をされ、病院を後にした。
ともだちにシェアしよう!

