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第51話 時を経て……②
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それから更に月日は流れ、凌桜はもうすぐ五歳の誕生日を迎える。
この間にも、もちろん陽菜は発情期のたびに入院を繰り返していた。産後の発情期が始まるのが早いかもしれないという担当医の予想は見事に当たった。
凌桜の誕生日にかからないのが、唯一の救いだった。
そんな凌桜はもう今年で幼稚園を卒園する。今では身長もぐんと伸びて、言動もしっかりしている。陽菜の発情期に入院する際、連れて行かなくても母と一緒にお留守番まで出来るようになっていた。
最近のブームは子供向けテレビの影響で、陽菜を守るヒーローになりることだ。
買い物に行く時も、幼稚園に行く時も、陽菜の付き添いを凌桜がしていると意気込んでいるので、そういうことにして守ってもらっている。
陽菜は凌桜の成長ぶりや外見も含めて第二次性はアルファではないかと考えている。勿論、絶対アルファになって欲しいなどとは思っていない。———できればオメガにはなってほしくないが———本人が健康でいられるなら、それが何よりなのは充分理解している。
「ママ!! 今日の占い、一位だって」
幼稚園に登園する前、つけていたテレビを指さして凌桜が大声で言う。
陽菜はキッチンでお弁当を詰めながら顔だけをリビングに向けた。
「本当? なにか、良いことあるかな」
「うーんと……ケーキ食べられるんじゃない?」
「それは凌桜が食べたいんでしょ。じゃあ、今日のおやつはイチゴのケーキにしようか」
「やったー」
手を繋いで幼稚園へ向かう。帰りはいつもパート終わりの母が迎えに行ってくれている。なので、今日は少し遠出して、凌桜の好きなケーキを買いに行くことにした。
それは以前、凌駕と買い物をした街の一角にあるケーキ屋さんだ。
電車に揺られ、途中で乗り換えて、片道一時間以上かかるけれど、たまには息抜きになっていい。この頃は肌寒さも消え、春らしい穏やかな日差しが煌めきながら降り注いでいる。今日は絶好のお出かけ日和だ。
普段は凌桜のお祝いの時くらいしか買わないけれど、今日はなんとなく陽菜も食べたいと思った。
凌桜のお気に入りのお店まで足を伸ばそうと思ったのは、息抜きもあるけれど、発情期が明けて薬が効いているからだ。
街は平日であっても賑わっている。毎回、人の多さに酔ってしまいそうになるが、目的のお店に辿り着くまでに、目的のケーキを買うと、他のお店には寄り道をせず電車に揺られる。
車内はとても空いていて、ゆったりと背凭れに体を預けて深呼吸をした。
「今日はなんでもない日だからケーキは二個ずつだ」
そう言うと、凌桜はきっと喜ぶだろう。だって、本当に今日はありふれた日常の一コマでしかない。けれど、そんな日に敢えてケーキを一人二個も食べるというのは、とても特別な気がする。
そろそろ母と凌桜が帰ってくる時間になっている。陽菜は先にケーキを冷蔵庫に隠したくて足取りを早めた。できれば凌桜たちが帰ってくるまでに洗濯物も取り込んでおきたい。
ゆっくりケーキを食べながら、今日の幼稚園での出来事を聞きたい。
外から家の中を覗くと、人の気配は感じられなかった。
「良かった。先に帰って来られた」
急いで室内に入ろうとしたところで「陽菜!!」呼び止められた。
振り返らずとも、全身の細胞が反応する。
———聞き間違い? いや、違う。でも、なんでこんな所に来て……。
「陽菜!!」もう一度名前を呼ばれる。聞き間違いではなかった。少し離れた場所から走り寄る人影が視界の片隅に映り込んでいる。そのシルエットだけで、声だけで、その人が誰なのかがはっきりとわかる。
陽菜は膝から崩れ落ちそうになってしまった。
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