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一章・無口な孤高の魔法使いの秘密③
「ば、バカじゃないの!だいたい君は──ッ」
言い返そうとオライオンの顔をしっかりと見つめたときだった。彼の視線がルキノの唇に向けられていることに気がついて言葉を止めてしまう。気がつくべきではなかったのかもしれない。けれど気がついてしまった。オライオンの視線の動き、頑なに喋ろうとしない様子。そして上に綴られた文字。
違和感はあった。そして、その違和感の正体をルキノは知っていた。
けれど確証が持てず、結局黙り込んでしまう。
まさかそんなはずはない。そう思いたかった。
『どうかしたのかい?上手く読み取れなかった。もう一度言ってくれないかな』
綴られた文字を目で追う。急に言葉を止めたせいでオライオンは今混乱している。読み取るという単語を普通の人は使うだろうか?
ルキノは知っている。亡くなった祖母も同じだったから。
けれどそれを認めてしまうことが嫌だとも思ってしまった。ルキノの中にある、なんでも出来る天才のオライオン・ヴェイル像。それが一瞬にして崩れてしまうから。そうなったとき、自分と彼は同じ人間なのだと自覚させられてしまう。同じ世界で必死に生き抜いているのは自分だけではないと思い知らされてしまうから。
「……耳が聴こえないのか?」
それでも尋ねずにいられなかったのは、自分を大切にしてくれた祖母が聴覚障害者だったから。そして、口を酸っぱくして言い聞かせられたことがあったからだった。
『おばあちゃんと同じような人に出会ったときには、おばあちゃんにするみたいに笑いかけてあげてね』
『うん!僕ね将来は、おばあちゃんみたいに困っている人を助けられるのうになりたいな!』
亡くなった祖母のことが大好きだった。両親は障害を持つ祖母のことを毛嫌いしていたが、ルキノにとっては眩しいほどに輝く素敵な祖母であり続けた。それは異世界に飛ばされた今も変わらない。
ルキノの確信を含む言葉を読み取ったオライオンは、少しだけ困ったように笑みを浮かべる。
『そうだよ』
文字に返事が綴られる。その文字を最後まで見ることがルキノにはできなかった。
ライバルであり目標であり憧れ。それがオライオンだ。だからこそ今まで知らなかった衝撃的な事実に、言葉が出てこない。
同時に醜い嫉妬を彼へ向けてしまったことが恥ずかしく、情けないと思えてしまう。
「……僕、行くね」
これ以上この場には居られないと思った。オライオンと話していると、奥歯を噛み締める力が少しずつ強くなっていく。心が軋む感覚がしていた。
口の動きで読み取ることのできるようにゆっくりと伝える。理解してくれたオライオンが頷いてくれた瞬間、ルキノはその場を勢い良く駆け出していた。
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