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二章・音のない声③

──魔法をもっと自由に使ってみたい。  魔力量の少ないルキノでも少しの魔力で簡単な魔法を自在に操ることができれば、少しは伯爵家の役に立てるのではないだろうか。  期待と不安を含ませながら、ゆっくりと口を開いた。 「僕は生まれつき魔力量が少ないんだ。魔法実技はダメダメでさ。オライオンがよければ、僕に魔法の扱い方を教えてくれないかな」  緊張で手のひらが汗ばんでいた。ルキノにとって出来ないことを出来ないと認めることは相当の覚悟が必要だ。それに宿敵とも呼べるオライオンに魔法を教わることも、自尊心を大きく刺激する行為だった。  けれど彼と接してきた数回で、その考えも軟化してきている。だから教えを()うことができたのかもしれない。 『俺で良ければ魔法の扱い方を教えるよ』 「ありがとう……」  安堵の息を吐き出す。断られてしまったら、一生魔法を学ぶ機会は訪れなかったかもしれない。  まだ諦めきれない自分自身がいる。今更、天才の落ちこぼれという不名誉なあだ名を払拭したいとは思わない。けれどせめてレオナルドが認めてくれるくらいにはなりたかった。  右手を胸元から左手首へと下ろし、感謝を述べながら右手を胸元に上げ直す。感謝を伝えるときに使う手話だ。 『こちらこそありがとう』  すぐに理解してくれたのか、オライオンが真似して手話で感謝を伝えてくれた。くすぐられるような心地がした。まるで二人だけの秘密を共有しているかのようで嬉しくなる。  思わず笑みをこぼすと、オライオンが目を丸くさせながらこちらを凝視してきた。不思議に思い首を傾げた瞬間、手のひらが頬に伸びてきて目を細める。  指先を目で追ってしまいそうなほどにオライオンのことを意識してさ待っていた。 「な、なに?」  問いかけにオライオンは返事をしてはくれなかった。陽の光を浴びて輝く瞳を真っ直ぐにルキノへと向けてくるだけだ。  吸い込まれて溶けてしまいそうだ。見れば見るほどに整いすぎた顔から目が離せない。  木漏れ日が差すように心の奥が温かくなる。オライオンがあまりにも格好よく見えるものだから、ほんのりと頬まで色づきだした。 「薬ができたよ。おっと、お邪魔してしまったかな」 「へっ、あ!だ、大丈夫です!」  薬を作り上げたローディンが話しかけてきて肩を跳ねさせた。オライオンの注文だというのに、動揺して代わりに答えてしまう。そんなルキノに、ローディンがニヤニヤとからかうような表情を向けてくる。 『ありがとうございます』  先程教えた手話ではなく、紙に感謝を綴るオライオン。そのことに気がついて、ほんの少しの優越感と安堵が心を満たす。オライオンも二人だけの秘密だと思ってくれている気がした。  まるで子供のような独占欲が生まれている。そのことに気がついているものの、気持ちのやり場がわからず困ってもいた。 「わかっているだろうけれど、この薬では君の症状は治すことができないからね」 『はい。承知しています』  ローディンの念押しに、オライオンは素直に頷く。ルキノは薬材を見れば薬の効果を把握できるほどの魔法薬学の知識を持っている。だからオライオンが聴覚を失ってしまった理由がわかってしまう。 (あれは魔力過剰障害を抑制するための薬だ)  魔力過剰障害は、その名の通り多すぎる魔力に体がついていかず障害を引き起こしてしまう病のことだ。大抵は二歳頃に発症し、魔力量が決まる十歳頃には落ち着いてくる。しかしその過程で身体障害を患う人も少なくない。魔力が悪さをし、視覚や聴覚に影響を与えてしまう。  症例はあまり多くないが、先代王妃様が同じ病で早逝されたという話は有名だ。  稀に成長してからも薬を服用し魔力を抑えなければならない人もいると聞く。オライオンもそうなのだろう。 『またお願いします』 「いつでもおいで」  支払いを済ませたオライオンは、ルキノの肩に一度だけ手を置いて店を出ていこうとする。まだ話していたいと無意識に感じたルキノは、オライオンの腕を咄嗟に掴む。 「もう少し話をしていたいんだけど!」  勢い任せに大きくはっきりとした声で伝える。ふにゃりと表情を崩したオライオンは、ルキノの肩に腕を回すとそのまま胸の中に閉じ込めるように抱き寄せてきた。  突然のことに戸惑いながら店を出る。視界の端にローディンの温かな眼差しが映り、羞恥心が増した。

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