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二章・音のない声⑥

レオナルドに執務室へと呼び出されたのは、オライオンと薬屋で過ごした次の日の昼頃だった。緊張しながら執務室へと向かう。なにを言われるのかは予想がつく。 (御義父様は常に僕を監視しているんだろう。エイリーク様が伝えなくても昨日のことはすぐに耳に入る)  中に入ると、オフィスチェアに腰掛けていたレオナルドがルキノへと視線を向けてきた。鷹のように鋭いルビー色の目がルキノのすべてを見透かしてくる。  その瞳に呑まれないように深呼吸をして、背筋を伸ばし彼の前へと立ち止まった。 「呼び出された理由はわかっているな」 「オライオンと出掛けていた件でしたら、偶然顔を合わせただけで出掛ける約束をしていたわけではないのです」 「どうであれエイリークに恥をかかせる真似はするな。それに男爵家の長男と関わることはお前のためにならない」 「……そうは思えません」  今まで一度としてレオナルドに逆らったことはなかった。けれどルキノにも譲れないことがある。尊敬する人に楯突くことは怖い。それでも黙っていられなかったのは、オライオンが素晴らしい人なのだと知ってしまったから。 「口答えをするな。お前のためだ」  ルキノのためだとレオナルドは何度も口にする。けれど本当に思ってくれるのであれば、交友関係を温かく見守っていてほしい。 「僕は今まで御義父様に言われるままに努力してきました。ですがオライオンと関わらないという選択だけはできません」  やればなんでもこなしてしまうオライオンのことが羨ましいことに変わりはない。けれどその分、大きなハンデを抱えて生きている。眩しく感じるほどに立派な生き方から目が離せない。  ルキノはオライオンの隣にいるときだけ、本当の自分らしく過ごせる。 「僕のことを思うのであれば婚約の話をなかったことにしてください。伯爵家を出ていくことなど望んではいません」  気持ちを伝えた刹那、鈍く大きな音が執務室内に鳴り響いた。レオナルドが執務机を拳で叩いたのだと気が付き肩を揺らす。顔に怒りを滲ませた彼から今すぐに逃げ出したかった。 「婚約は決定事項だ。婚約発表のためのパーティーも催す予定でいる。口答えは許さないぞ」 「っ、ですが僕は!」 「もうすぐ行われる魔法交流会ではエイリークのパートナーとして参加するように。以上だ。もう話すことはない。部屋に戻れ」 一方的に話を切られてしまった。これ以上話しかけても、一言すら返ってこないと理解する。拳を強く握りしめると、勢い任せにお辞儀をして執務室を後にした。

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