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二章・音のない声⑦

◇◇◇  今日もルキノはヒリング魔法薬店へと顔を出していた。レオナルドから監視されていることはわかっている。それでも自室に閉じこもっていることなどできない。今のルキノにとって、魔力過剰障害の治療薬を探すことはどんなことよりも重要だった。 「御義父上に怒られたのではないかい?」  ローディンに尋ねられて、微かに軽めのため息を吐き出した。暗い気持ちも同時に飛んでいってほしい。レオナルドと何かあるたびにローディンに愚痴をこぼしていたため、ルキノの様子から彼も察してくれたようだ。  レオナルドは決めたことは決して曲げない。そういう面に関してだけは似た者親子だと言えるのかもしれない。 「かまいません。いつもの頑固比べのようなものなんです」  昔からお互いに決めたことは引かない性格だった。これまではレオナルドの目指す先にルキノの信念も(ともな)っていたため、対立することなく言葉に従い努力を続けてこられた。けれど今回は違う。 「僕はオライオンのことがあまり好きではありませんでした。アラリック魔法学園に在学中は、努力した先に必ず彼が立っていて腹が立ちましたし、憎んだこともあります」 「今はその考えが変わったのかい?」 「そうですね。僕は単純だから、彼にも弱い部分や人間らしさがあって、それを克服するために努力している人なのだと知り自分の考えは間違っていたのだと感じたんです」 「嫉妬することや憎むことは間違いではないよ。ただルキノ君の中でオライオン君が嫌いな人から好きな人に変わったというだけだ」  ローディンの言葉が胸の奥を刺激してきた。嫌いから好きへ。確かにその通りだ。  ほんの少しの触れ合いだけで、ルキノはオライオンのことを好きになった。友達になりたいと感じるほどに、好ましい人物だと思える。 (そっか……僕はオライオンのことが……)  たった一度だけ耳にしたことのあるオライオンの声。あの声をもっと聞いてみたい。同時に彼の心の声も聞けたなら嬉しい。  音のない声(手話)で会話をして、もっとオライオンのことを知れるようになったときには、孤独感すらあった自分の心が温かな光を灯してくれる。そんな気がしていた。 「確かにそうかもしれません。僕はオライオンのことが好きです」  はっきりとローディンに向かって伝えた。それとほぼ同時に、扉が開き丁度噂をしていた人物が姿を現した。聞かれていないかと一瞬慌ててしまう。気持ちを知られてしまうことが気恥ずかしかった。  けれどすぐに会話が聞かれることはないことに気がつく。それが少し残念にも思ってしまう。情緒不安定な感情に振り回されて困る。百面相しているルキノの隣に腰掛けたオライオンが、自然な動作で頬に触れてきた。 『顔が赤い』  紙に綴られた文字を見て、さらに顔が熱くなる。  席を立ったローディンは、薬を作るためにカウンターの奥へと引っ込んでしまった。行かないでほしいと言いたかったが、呼び止めたところで聞いてはもらえないだろう。 「気のせいだよ」  手話を交えながらゆっくりとした口調で伝える。使っていけば、賢いオライオンは自然と覚えてくれるかもしれない。 『それならよかった。君の名前を覚えてきたんだ』  頬から離れていく手を目で追いかける。流れるように動き始めた手を見つめ続ける。たった三文字の言葉だ。指先が紡ぐ名前は確かにルキノのものだった。  目尻から温かな水滴が流れ落ちる。どうしてだか、涙が溢れてきて止まらなかった。全身が熱く、胸が張り裂けてしまいそうなほどの高揚感に満たされる。大きな感動だった。 「っ、本当に君はなんだってすぐに覚えてしまうんだね」 『ルキノ』 「なんだい?」 『ありがとう』  たった一度しか見せたことのない手話で感謝を伝えてくれる。ちゃんと見てくれているのだと知って、ますますオライオンに惹き付けられてしまう。

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