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二章・音のない声⑨
『今度魔法交流会に参加するんだ。パートナーとして参加してほしいなんて我儘は言わない。だから見に来てくれたら嬉しい』
「……もちろん。応援するよ。だってオライオンは僕の友達だから」
オライオンのパートナーとして参加したい。魔法交流会は魔法使い達が魔法を競い合い、交流を深める場だ。盛大なセレモニーや交流パーティーも開かれることから、パートナーと参加する者も多い。
ルキノはエイリークのパートナーとして参加することになるだろう。そうなったとき、まともにオライオンの顔を見れる自信がなかった。
友達だと言い聞かせて過ごしていく。それがお互いのためなのだとわかっている。
『そうだな。まだ友達だ』
「……それって……」
尋ねようとしたとき、コンコンと音が聴こえて言葉を止めた。音のしたほうを見ると、窓の外からエイリークがこちらへと笑みを向けているがわかった。レオナルドが伝えたのだと悟り、身体が強張る。
エイリークを嫌ってはいない。けれど彼の顔を見るたびに心が悲鳴を上げてしまう。現実は夢を打ち壊し、容赦なくルキノに覆いかぶさってくる。婚約の二文字が浮かび、彼の顔を見るたびに心が重くなっていく。
『迎えが来たようだ』
「手紙を送る。魔法交流会頑張ってね」
胸元で両拳を握りしめて、数回上下に振る。頑張ってと伝える手話だ。オライオンも真似するように手を動かす。その動作が可愛くてほんの少し心が和んだ。
「ローディンさん本を数冊借りていきます」
カウンターの奥で作業をしていたローディンに声をかける。
「あぁ、返すのはいつでもいいからね」
お礼を伝えて適当な本を数冊鞄にしまう。ふと古い手記のようなものが目にとまり、惹き付けられるように手に取った。読む時間もないため、それも借りていくことにする。
もう一度別れの挨拶をして店を出る。壁に持たれる形で待っていてくれたエイリークへと歩み寄る。
「御義父様から聞いて来たのでしょう」
「まぁね。また彼と居たのかい?」
「友達と話したら駄目な理由なんてないでしょう。それに調べ物もしたかったんです」
「……薬草学か。ルキノは将来薬草学者にでもなるつもりなのかな?」
「そうじゃないです。たしかに薬草学は好きだけど。でも、僕は伯爵家を継ぎたいんです」
誰になにを言われようと変わらない。ルキノは伯爵家の当主になって、今まで自分を生かしてくれた人々に感謝を伝えて生きていきたい。もちろんレオナルドやエイリーク、オライオンにも。
そうするように育てられてきたと言っても過言ではない。今更伯爵家から出ていくことなど考えられなかった。
だから、エイリークとの婚約だけは納得できない。
「ルキノ。君は魔力量が極端に少ない。セイン伯爵家は伯爵位の中でも最も公爵位に近い力を持つ家計だ。荷が重すぎる」
「わかっています。それでも僕は御義父様が守ってきた伯爵家を守りたい。その願いはそんなにもいけないことなのでしょうか?」
「理想が高いことは素晴らしいことだ。俺も君の努力家な面を好きになった。だからこそ、君は伯爵家に縛られるべきではない。自分の力をもっとも発揮できる場所で生活するべきだ」
エイリークの言っていることはわかっている。けれどそれは難しい。ルキノの理想と現実はどうしてもうまく噛み合わない。やりたいこと、やらなければならないこと、してみたくてもできないこと。それらすべてをバランス良くこなす方法が見つけられない。
そういうとき自分の能力の低さにほとほと嫌気が差してしまう。
大通りを進みながら、エイリークの話に耳を傾ける。昔からエイリークのアドバイスは的確で頼りになる存在だ。
「魔法交流会では騎士団長と前年のアラリック杯獲得者が交流試合を行うことになっている。ルキノは俺のことを応援してくれるね?」
「ッ……それは……」
毎年行われる恒例行事のことをすっかり忘れてしまっていた。オープニングセレモニーで魔法を使用した試合が行われることは知っていたため、オライオンは一般参加するのだと思っていた。
エイリークのパートナーとして参加するルキノは、オライオンを堂々と応援することはできない。けれど、ルキノにとって至高の存在であるオライオンが負ける姿も見たくはない。
「ルキノ、はっきり伝えておく。俺は君のことが好きだ。だから俺のことを選んでほしい。オライオン君は友達なのだろう。それなら婚約者候補である俺のことを見ていてほしい」
手を取られて甲に唇を落とされる。その仕草はあまりにも洗練されていて、目を奪われそうになる。それでも頭の片隅には、目尻に皺を寄せて笑うオライオンの影が滞在していた。だからこそルキノは眉を垂れさせ、口元を歪めて下手くそに笑うしかない。
「もちろんエイリーク様のことを応援します」
心に嘘をつくたびに、ボタンが少しずつかけ違えになり絡まっていく。けれどそのことに目を背けて気づかないフリをしていた。
──きっと完璧なエイリーク様に嫁ぐことは幸せなことなのだろうな。でも、僕の目指す未来はエイリーク様の手を取った先にはない……。
公爵家の財力があればルキノの好きな薬草学の研究ももっと幅広く行うことができるはずだ。そんなことはわかっている。
ガラガラと馬車が車輪を回す音が聴こえてきた。車道側に居たルキノのことをエイリークがさり気なく内側へと移動させてくれる。走っていく馬車を眺めながら、ルキノもそんなふうに駆け出してしまいたい気持ちに駆られる。
「エイリーク様、僕はあなたのことを愛することはできないと思います」
「フッ、そうだね。けれど将来のことはわからない。だから諦めないよ」
腰を引き寄せられて距離が縮まる。拒否することはできた。けれどそれをしなかったのは、これ以上彼を刺激して伯爵家と公爵家の関係がこじれてしまうことが怖かったからだ。
ゆっくりと歩みは進んでいく。早く伯爵家に着けばいいと、願わずにはいられなかった。
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