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三章・勝敗の行方①
魔法交流会当日、濃紺のシャツにホワイトのテールコートとトラウザーズパンツを身に纏ったルキノは、窓から差す朝日浴びながら大きく伸びをしていた。胸元には濃いアメジストのブローチが、ジャボ に縁取られて輝いている。
エイリークの瞳と同じ色のブローチは、魔法交流会のためにエイリークが用意してくれたものだ。自分のパートナーだと誇示するために、瞳と同じ色のアクセサリーを送るのが魔法貴族の中での流行りだと耳にした。
そうすることで後ろ盾の力の強さを簡単に測ることができる。魔法使いにとって瞳の色はそれほどまでに重要なものだ。
漆黒の瞳を持つルキノが落ちこぼれだと言われていた要因でもある。漆黒はもっとも価値の低い色だからだ。
(……重いな)
胸元のブローチに触れてみる。まるで足枷のようにすら感じてしまう。エイリークのパートナーとして魔法交流会に参加することは、婚約者だと公言しているようなものだ。
それでも拒否できない。公爵家は王族の血筋だ。逆らうことはできない。それに応援すると約束してしまった手前、ブローチを拒否することもできなかった。
深く暗いため息が漏れそうになる。そのとき窓の外縁に小鳥が止まったのが見えた。無意識にブローチから手を離す。
(オライオンからの手紙だ!)
小鳥を目にするたびに喜びが心を満たしてくれる。
紙で出来た小鳥が、開けてほしいとお願いするように窓硝子(まどがらす)を突いている。開けてやると、嬉しそうに羽を震わしながら、ルキノの肩に止まる。
指先を近づけると、ピョンっと飛び乗ってくれた。刹那、魔法が解けて小鳥が手紙へと戻る。手元に滑り込んできた手紙を手に取り、記されている名前を確認して笑みがこぼれた。
『今日は楽しんで。俺もルキノの姿を見れることを楽しみにしているよ』
短い内容だ。けれど、その言葉だけで充分だった。曇が張っていた心に、青空が広がる。まるで日が差したように晴れやかで軽い。
どちらを応援したらいいのか結局決められずにいた。エイリークと参加することで婚約者だと思われてしまうことが嫌だった。けれど、本来魔法交流会は魔法を愛する魔法使い達にとってなによりも楽しいイベントだ。
ルキノも去年まではレオナルドに連れられて参加する魔法交流会が大好きだった。
──君は僕の心をいつも救い上げてくれるね。そんな君だから目が離せなくなるんだ。
手紙を鍵付きの引き出しの中に大切にしまう。対鍵開け呪文が施された特注の引き出しだ。だからルキノにしか中を見ることはできない。
「ルキノ様、エイリーク様がお見えになられました」
「今行くよ」
一呼吸を置くと、部屋から出る。朝起きたときよりも、ほんの少し足取りは軽くなっていた。
エイリークが馬車の前で出迎えてくれた。快適に過ごせるように冷暖房や揺れ防止などの魔法が幾重も重ねがけされている高価な馬車は、公爵家の力の強さを示している。
「とても美しいね。ブローチも似合っている」
「ありがとうございます」
白銀のサーコートに同色のペリースを身に纏っているエイリークは、正に白の魔法使いそのものだ。魔法騎士団長だけが身に纏うことを許された白銀色。堂々とした出で立ちのエイリークを見ていると、自分がその隣に立つことがますます想像できなくなる。
差し出された手に、自身の手を重ねる。エイリークの騎士服に合わせて見繕われたルキノの白い正装。それを身に纏うこと自体が心を暗闇に沈めていた。
(けれど今は大丈夫)
エイリークの隣に並んでも顔を上げていられる。すべてオライオンの手紙のおかげだった。
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