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三章・勝敗の行方②
馬車に乗り込むと、向かい合って腰掛ける。エイリークとはいつもの速度や調子で話ができるというのに、オライオンと話すときの身振り手振りや、ゆったりとした口調が懐かしく感じてしまう。
「上の空だね。別の人のことを考えているのかな」
「……そんなことは……」
「焼けてしまうな」
少しだけ不機嫌な雰囲気を滲ませたエイリークがルキノの隣に座り直す。穏やかだった心がやけに荒々しく波打ち始めた。顎を指先で掴まれて、エイリークの方へと向けさせられる。鼻がぶつかりそうなほどの至近距離。エイリークの白銀の睫毛がはっきりと数えられる。
「いつになったら君は俺のことだけで心をいっぱいにしてくれるのかな」
吸い込まれてしまいそうなほどに深い紫の瞳が、見透かすようにルキノの顔を映し出している。夜空の中に取り残されたような不安感を与えられてしまう。
「拒否しないのかい?」
「……拒否したとしても、僕ではあなたには敵いませんから」
「確かにそうだね。君は自分のことをよくわかっている」
ゆっくりと唇が近づいてくる。強く瞳を閉じて、来るはずの衝撃に備えることしかできなかった。オライオンの顔が浮かんでは消える。
──そうだよ。自分のことがよくわかるからこそ悩んで立ち止まってしまうんだ。
一向に思っていた衝撃はこない。その代わりに、ルキノの陶器のように白い頬に唇が寄せられたのがわかった。
「……エイリーク様?」
「意地悪だったね。でも少しは俺のことを意識してくれただろう?」
丸くなった目を瞬かせる。羞恥心から一気に顔を赤くさせたルキノは、頬を袖で拭いながらエイリークを睨みつけた。
(本当にキスされると思ったのにっ!)
睨み続けるルキノのことを、エイリークは愉しそうに見ている。なにもかもを読まれてしまっている。心も、感情も、彼の前では隠すことなどできない。
だから厄介だ。拒否しようとしても、手のひらの上で転がされて上手くいかない。昔からそういう人だった。大人の余裕があって、実力は誰よりも飛び抜けている。一時期は追いつきたいと思ったこともあった。けれど、ルキノはエイリークよりももっと目指したいと思えた人を見つけてしまった。
憧れがもっと大きな目標にかき消された。それがオライオンだった。
「俺は彼に勝つよ」
ぴくりと肩が動く。闘志を燃やす真剣な瞳から目がそらせなくなる。エイリークは本気だ。そして、ルキノもどちらが勝つのかは予想できない。
エイリークの実力は知っている。彼は最強の肩書きを思うがままにしている。けれどオライオンの実力をルキノははっきりと目にしたことがない。魔法技術の授業でも彼は本気ではなかった。それが感じ取れるほどの余裕がオライオンにはある。
「もしも勝てたときは、君から俺にキスをしてほしい。負けたら婚約についてもう一度伯爵と話し合うと約束するよ。悪くない条件じゃないかな」
「……それは本当ですか?」
「魔法騎士団長であり公爵家嫡男の名誉をかけて誓う。俺が負けたら婚約の話はなかったことにできるようかけあってあげる。誓いを立ててもいい」
エイリークがルキノの手を取る。契約魔法を唱えると、お互いの指先に指輪のような蔓模様 が現れた。契約が成立したときに発現する模様だ。
「契約は破ることはできない。もしも破ってしまえば、破った側は拷問にも匹敵する痛みを味わうことになる」
綺麗すぎるエイリークの笑みから視線を外せない。本気だとわかってしまったから。
強く手のひらを握ると、爪が肌に食い込んで痛みを感じた。それでも強張ってしまった身体から、力を抜くことができなかった。
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