17 / 56

三章・勝敗の行方③

 会場はすでに魔法使い達で埋め尽くされていた。王都で一番大きなドーム型の会場の中央には競技場が儲けられており、魔法が被弾したときのために防御魔法が張られている。そのため貴族達は安全の保証された空間で、交流会と称した競い合いを観戦することができる。 「人が多いからはぐれないようにね」 「はい」    そう言ってエイリークがさり気なくルキノの手を握ってきた。けれどオライオンに触れられたときのように、心が浮き立つような感覚はない。  競技場の他に、様々な施設や魔法アトラクション、魔法技術で造られたゴーレムなどの品評会なども行われていた。まさに魔法交流会の名に相応しい催しだ。  エイリークに案内されて特別観覧席へと腰掛ける。高位貴族だけが利用できるこの席は、高い位置にあり競技場をしっかりと一望できてしまう。 「準備があるから行くよ。ゆっくりしているといい。飲み物を頼んでおこう」 「気をつけて」  簡素な応援の言葉にもエイリークは動揺した素振りを見せなかった。ルキノの頬を撫でてから席を離れる。その後ろ姿から目を背け、競技場へと視線を向けた。  大人しく待っていると飲み物が運ばれてきた。ルキノが好んで飲むオレンジなどの柑橘が入ったフルーツウォーターだ。 (僕の好みすらお見通しなんだな)  エイリークは恐ろしい人だ。甘いマスクに惑わされてしまいそうになるけれど、頭の回転が早く、考えを読み取れない。ルキノのことを好きだという言葉も信用などできない。 (どうしてあんなにかまってくるんだろう……) そんなことを考えていると、オープニングセレモニーが始まる時間になった。進行係がセレモニーの開始を宣言すると、競技場の両端に設置された入り口からエイリークとオライオンが姿を現す。大きな歓声が会場を包み込む。向かい合う二人を、特別観覧席で見つめながら、少しずつ激しくなっていく鼓動を感じて胸元に手を当てた。  手のひらにアメジストの冷たい感触が走る。エイリークの優位を象徴されている気がして怖くなった。 『魔法騎士団長であるエイリーク・クインと前年アラリック杯獲得者であるオライオン・ヴェイルの試合を始めます』  合図が会場内に響く。観客の誰もがエイリークの勝利を確信している。このオープニングセレモニーには、国を守る騎士団の実力を各国の要人に見せつけるという思惑が隠されている。つまりオライオンはエイリークを輝かせるために利用された当て馬に過ぎない。 (手に余る当て馬だな……)  エイリークが先にオライオンに向かって一歩を踏み出した。試合では武器の仕様は認められていない。純粋な魔法同士の撃ち合い。つまり魔力量と魔法技術の精度が勝敗を分けてしまう。  お互いに紫を持つ者同士、魔力量は微々たる差だ。そうなると勝敗は魔法技術にかかってくる。  風の刃がオライオンに向かって飛ばされる。目で追うのもやっとの疾風を、オライオンが水で作った防御壁で防ぐ。畳み掛けるようにエイリークがオライオンの背後へと回る。まるで瞬間移動でもしたかのような速さに、会場の人々は視線を彷徨わせていた。  土でできた剣がオライオンの背に向かって飛ばされる。 (あぶないっ!)  怖くなって目を背けそうになる。けれど、なにがあってもそらしてはいけない。そう思ったとき、オライオンの背に大きな羽が生えて、体が天井に向かって飛び上がった。剣は宙を切り、土に突き刺さって消える。 (よかった……)  安堵の息が漏れる。できることならどちらにも怪我はしてほしくない。けれど、これは真剣な魔法勝負だ。オープニングセレモニーを飾る二人には責任があり、手抜きなどできないだろう。 けれど位置が遠いせいか声は聞こえない。  純白の羽を羽ばたかせてドーム内を飛び回るオライオンに、エイリークが再び土剣を浴びせる。追尾型に改良された魔法は、オライオンを追いかけて動き続けていた。  オライオンが指を鳴らすと、炎の竜巻が競技場を包み込む。剣は炎に焼かれ、巨大な竜巻がエイリークを呑み込んだ。  エイリークが負けてしまうかもしれない。そんな予感が人々を襲う。けれどすぐに竜巻が風によって切り裂かれ、中からエイリークとオライオンが現れる。両者ともまだ余裕のある雰囲気だ。  オライオンは羽をしまうと、地に降り立ちエイリークを睨みつけている。 「ルキノは俺の婚約者だ。ちょっかいをかけるのはやめてくれないか」  エイリークがオライオンに話しかけたように見えた。けれど遠くにいるルキノにはその声は届かない。 「耳の聴こえない君がここまでやれることは評価に値する。けれど、それでは駄目なんだ。君はルキノのことを守れない。ルキノを支えてあげられないだろう」  喋りながらもエイリークはオライオンに向かって風の弾丸を飛ばしている。オライオンもそれをすべて避けながら、火と水の刃を飛ばしていた。  拮抗している。誰もがどちらが勝つのかを固唾を飲んで見守っていた。エイリーク優位の空気はすでに飛散してしまっている。  一際大きな魔力の流れが二人を覆う。オープニングセレモニーの時間には限りがある。これ以上長引くことを避けたいのか、お互いに大きな一発を撃つつもりのようだ。  もしもエイリークが勝ったら、ルキノは彼に口づけを捧げなければならない。オライオンが勝てば──  期待してしまう。けれど、そんな重荷を彼に背負わせたくはない。どちらが勝ったとしても、受け入れる準備はできている。けれど欲を言うなら、彼に勝ってほしい。  ルキノの声は届かない。わかっている。それに声に出して応援することなどできない。立ち上がり身を乗り出したルキノは、胸元で両拳を握り上下に振ってみせる。  気づいてくれないかもしれない。それでも良かった。ただ、ルキノの心はこの瞬間しっかりと固まっていた。  ──オライオン負けないでっ!頑張って!  一瞬だった、紫がかったブルーグレーの瞳がルキノの姿を映し出し、弧を描いたのが見えた気がした。  刹那、一際大きな魔法の渦がエイリークとオライオンの間に発生する。同等の高位魔法がぶつかり合い、相殺されて大きく弾けとんだ。残留した魔法が火花のようにドームの天井に向かって舞い上がり、ドンっと鈍い音を立てて弾ける。  それはまるで、昔日本にいた頃にアパートのベランダで眺めていた花火のようだった。

ともだちにシェアしよう!