18 / 56

三章・勝敗の行方④

ルキノはあんなにも美しい魔法を見たことがない。  競技場を埋め尽くす花火は、オープニングに相応しい派手さと華美さを備えている。魔法を出し尽くしたエイリークとオライオンも、その場に膝を突き自らが打ち上げた花火を眺めていた。 「もう魔力が底を突きそうだ」  エイリークが苦笑いをこぼしたのが見えた。エイリークの言葉を拾った進行係が驚きの声をあげる。オライオンも、同意するように両手を上げた。  一瞬の静寂。そのすぐあと、会場を埋め尽くす大歓声が響き渡る。 「オープニングセレモニーの結果は引き分けです!まさかあの最強と謳われた魔法騎士団長と肩を並べる人物が現れるとは!前代未聞の結果でした!!」  結果を聞いたルキノはその場にヘタりこむと、乾いたような笑みをこぼした。引き分け。つまりあの契約は効力を発揮しない。そう理解した瞬間、指の模様が弾けるように消えた。  エイリークも指へと視線を向けたのが見えた。そのすぐあと、顔を上げてルキノへと残念そうな笑みを向けてくる。 (オライオンありがとう……。やっぱり君はすごい人だよ)  オライオンの方を見ると、彼もまたルキノへと爽やかな笑みを向けてくれていた。  今回の試合はエイリークにとっては負けのようなものだ。そしてオライオンにとってはとても有意義な戦いだったはず。これから先、耳が聴こえないというハンデを誰も気にしなくなる。オライオンはそれだけのことをやってのけた。そして、自分の価値を証明した。 「皆様、二人に大きな拍手をお送りください!!」  そんな彼のことをルキノはますます尊敬してしまう。ルキノを置いてけぼりにして、オライオンは高みへと登っていく。その背を追いかけ続けることを苦しいとは思わない。けれど、寂しいとも思う。  ルキノも大きな拍手を二人へと贈る。  初めからオライオンにルキノの手助けは要らなかったのかもしれない。そんなことは随分前から理解していた。それでも放っておけなかったのは、祖母と過ごしたあの日々が忘れられないから。そして、オライオンのことを好きだという自身の心から目をそらせなくなってしまったからだ。 (僕は君になにをしてあげられるんだろう)  ルキノはオライオンのように魔法を扱うことはできない。小鳥を飛ばすだけで精一杯のルキノがオライオンにしてあげられることは、一つだけだった。  ──オライオンに音を届けてあげたい。  前途の約束された彼に、もっと広い世界を知ってほしい。  興奮と感動が冷めない。肩を自身の腕で抱きしめて、小さく涙をこぼす。情緒が揺れている。自覚したばかりの思いが叶わないかもしれないとわかっているから、流れる涙を止めることができなかった。  会場から席へと戻ってきたエイリークは、目元を赤くさせたルキノを見て目を細めた。目尻を指先で撫でられて、唇を引き結ぶ。  オライオンも前に同じことをしてくれた。その思い出がかき消されてしまいそうで嫌になる。 「残念だ。契約は反故(ほご)になってしまった」 「エイリーク様は耳の聞こえないオライオンのことをどこか見下していたのではないですか?」  厳しい言葉が出てしまう。お互いに全力を尽くしていた。それはわかっている。けれどハンデを背負ったオライオンに騎士団長であるエイリークが引き分けた事実は変わらない。 「怒っているのかい?けれど、たしかに俺は彼のことを甘く見ていた。でも少なくとも俺は本気だったよ。ルキノに関わることだからね」 「……冗談はもうやめてください」 「冗談?俺は本気だ。君に対してはいつだってね。セイン伯爵家に養子に取られたときから君のことを見てきた。人一倍努力家で真っ直ぐで純粋な君のことが眩しい。見守っているうちに欲しいと思ってしまった。これは完璧な愛だよ。だからこそ、君を危険に晒す要素のある彼に譲る気はない」  嘘だとは思えなかった。だからこそ受け入れられない。受け入れてしまえば、ルキノは二度とエイリークから逃れられないとわかっているから。  頬をそよ風が抜けていく。会場内に風などない。不思議に思い特別席へ繋がる入り口へと顔を向ける。コツコツと革靴が床を蹴る音が聴こえてきて、胸の奥を刺激される。 「オライオン……」  特別席へと顔を出したオライオンが、隣に座るエイリークへと視線を向けた。オープニングセレモニーの後の挨拶に来たのだと気がついて、一歩後ろへと下がる。 「挨拶に来るなんて律儀だね」 『素晴らしい手合わせでした。勉強させていただきました』 「それは俺の台詞だ。君にはハンデなんてなにもないように思える。もしも君が魔力過剰障害を患っていなければ、今回の勝者は君だったろうね」 『謙遜です。エイリーク様はこの会場では本当の実力を出すことができない。もし貴方が本気なら、会場は吹き飛んでいますよ』 「フッ、それこそ買い被り過ぎだな」  穏やかに話しているよう思えるのに、二人の目は少しも笑っていない。睨み合う二人を、ルキノは遠目から落ち着かない気分で見守っていた。 「それから競技中に伝えた気持ちは変わらない。君の答えはどうかな?」  会話の聞こえていなかったルキノには理解できない話だ。  オライオンは迷うことなく紙に文字を綴る。すぐにエイリークの手に取られてしまったため、その文字をルキノは見ることができなかった。 「なるほど。引く気はないんだね。君もあの魅力に取り憑かれてしまったわけだ」 『譲る気はありません』 「それはどうかな。予言してあげよう。君はいつかルキノを危険に晒してしまうだろう。その時になってもまだ、彼の隣に相応しいのは自分だと言えるかな」  また争いが始まりそうな圧がオライオンから発せられている。慌てたルキノは、思わずオライオンの腕を掴んで自分の方へと引き寄せていた。

ともだちにシェアしよう!