19 / 56
三章・勝敗の行方⑤
驚きに表情を染めたオライオンがルキノの方へと視線を向けてくれる。先程の圧は消えていた。
「落ち着いて。なにを怒っているのかわからないけど、もう争う必要なんてないんだから」
オライオンの表情が穏やかになっていく。それに安堵したのも束の間、次はエイリークが不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「ルキノ、その行動はいただけないな」
指摘されて初めて公衆の面前で不適切な行動をしてしまったことに気がつく。パートナー以外の相手の腕を取るなど許されない。幸い特別席のため他の貴族に見られることはないのが救いだ。
「こちらへおいで」
「僕は……」
オライオンとエイリークへ交互に視線を移す。本当はこのままオライオンの隣に立っていたかった。けれど、胸元に輝くブローチが自分はエイリークのパートナーなのだと証明している。
「っ……」
オライオンの腕から手を離し、エイリークの元へ向かう。そのときオライオンが微かにルキノの指先を掴んだ。行くなと言われているように感じてしまう。けれど、それはできない。
眉をハの字にさせながら、オライオンの目を見て小さく首を振る。今は離してほしい。
察してくれたオライオンが手を離してくれる。熱が消えていく。ルキノは心に蓋をして、エイリークの腕へと手を絡めた。
「ここは特別席だ。君も自分の席に戻るといい」
優越感を滲ませた声がオライオンに向けられる。唇を噛み締めたオライオンは、一度だけお辞儀をするとその場を後にする。
視線で彼を追いかけてしまう。けれど今のルキノには、オライオンを引き止めるための理由も力もなかった。
魔法交流会はオープニングセレモニーのおかげか、温度感が高い状態のまま進んでいった。多くの貴族達と交流を行うエイリークと共に会場中を回っていると、疲れ果てて足に鉛が括り付けられたような気分になる。
夜が更けて来た頃、二人は馬車に乗り会場を後にした。
「疲れただろう。今日は宿を取って休もう」
「大丈夫です。伯爵家まで行きましょう」
「無理はいけない。警戒しているのなら二部屋用意してもらおう」
「……わかりました」
納得はできないけれど、粘ったとしても言いくるめられるだけだ。それなら大人しく従っておくほうがいい。対面した状態でエイリークの顔を見つめる。涼しそうな顔をしているけれど彼も疲れているはずだ。
大幅な魔力の消費は体に負担をかけることもある。あれだけ魔法を使って倒れていないエイリークの魔力量は常人には計り知れない。それはオライオンも同じだ。
「あまり見つめないでくれ。照れてしまう」
「ご冗談を」
軽い相槌を返しながら目を逸らす。昔は彼が伯爵家に遊びに来る日が待ち遠しかった。魔法を見せてもらえる瞬間が嬉しくて、自分もこんなふうに魔法を扱える日が来ると信じていた。けれどアラリック魔法学園に入学して夢は砕けちってしまった。
それからはすっかり疎遠になってしまい、昔どんなふうにエイリークと過ごしていたのかも思い出せない。
「そうやって俺の気持ちに気づかないふりをして反抗しているのかい?」
「違います。あなたは僕のことをからかっているだけでしょう」
「何度も言っているだろう。本気だよ」
真剣な眼差しがルキノを捉えて離さない。今すぐこの場から逃げ出したかった。けれど動く馬車から飛び降りることもできない。
心音がゆっくりゆっくりと動き出している。いつも飄々としているエイリークの真剣味を帯びた顔は、ルキノに大きな衝撃を与えてきた。頬を微かに染めたルキノは、逃げるようにエイリークから視線をそらす。
ルキノの黒髪を撫でながらエイリークがため息を吐き出した。珍しい仕草に驚いて目を瞬かせる。
「あまり無防備だと閉じ込めてしまいたくなるね」
愛おしさを滲ませた蜂蜜のように甘い瞳が向けられる。想いをぶつけられても困ってしまうだけだ。そんな目で見られてしまうと、冷たく接することが悪く思えてくる。
「やめてください」
「やめてあげられないから困っているんだ。キスもしてもらえなかったからね。残念だよ」
「っ〜〜、契約は契約ですから」
「わかっているよ。だからいつか、君から俺にキスをしてもいいと思ってもらえたら嬉しい」
懇願するような声音だった。その切実な態度がようやく彼が本気なのだとルキノに自覚させた。急に落ち着かなくなってくる。視線を彷徨わせ、落ち着かない素振りで指を交差させる。
そんなわかりやすいルキノの態度に、耐えきれなくなったのかエイリークが吹き出すように笑みをこぼした。
「そういうわかりやすいところも可愛らしいね。ほら宿についたよ」
「うぅ〜……」
立ち上がったエイリークがルキノの黒髪に触れてくる。からかわれているのかもわからず、唇を尖らせて不満気にうなり声のようなものを上げてしまう。楽しそうなエイリークが先に馬車から降りて、ルキノをエスコートしてくれた。
星空が二人の姿を見守っている。エイリークはスマートで優しい。きっと彼と婚約すれば幸せにしてくれるだろう。
わかっていても彼の思いを受け取れない。申し訳ない気持ちが心を覆っていく。エイリークの手を取りながら、謝罪の言葉を心の中でつぶやいた。
ともだちにシェアしよう!

