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三章・勝敗の行方⑧
『もちろん』
オライオンが翼をはためかせる。ルキノの思いが通じた瞬間だった。
支えるように腰を抱き寄せられた。足がテラスの床から離れ、夜空へと浮遊する。不思議と怖くはない。オライオンが側にいてくれるからだろう。
月明かりに照らされる色素の薄いブラウンの髪は、まるで金糸のように艶めきルキノの瞳を楽しませる。空を切って動く羽音を聞いていると、夢の中に居るような気分にさせられた。
星々と雲の間を縫い、街を上から見下ろす。そうやって初めて、自分自身の過ごす場所がとてもちっぽけなら世界の一部なのだと思い知らされる。
「あはは!最高だっ」
思わず大きな声で笑ってしまう。普段は大声を上げることも、歯を見せて笑うことも禁止されている。「貴族らしくしろ」「伯爵家の息子としての自覚を持て」そう言い聞かせられて育った。だからこそ柵から解放されたこの時間だけは、ルキノらしさを取り戻すことができる。
「オライオン、僕にこんなにも素敵な世界を見せてくれてありがとう」
しばらく夜空と夜景を堪能すると、人影のない海辺の近くへと降り立った。小波が鼓膜を揺らす。その音にじっと耳を傾けていると、羽を消したオライオンが唐突に抱きしめてきた。オライオンの温度を感じられるこの瞬間を、ルキノは待ち望んでいた。全身が喜びに舞い上がり、心がふわふわと飛び回っている。
「温かい……」
胸元に頬を埋めながらつぶやく。大きな手が優しく後頭部を撫でてくれる。気持ちよさと、好きだという気持ちが湧いてくる。
頬に指先が触れてきたことに気が付き顔を上げると、オライオンがルキノのことを愛おしそうに見つめていることに気がついた。
(そんな顔をしていると期待してしまうだろう……)
心の中で悪態をつく。
好きになってほしい。愛する人に愛されて、共に過ごしていきたい。
初めは憎くて仕方なかったオライオンのことを、今は制御できないほどに欲しいと思っている。
ルキノはライバルであるオライオンと恋をしたかった。たとえ許されないことだとしても、大切に育んでいきたい想いがある。それはたとえ義父であったとしても否定できない。
『キスしてもいい?』
浮遊するメモ用紙に書かれた文字を一瞬横目で確認した。そのすぐあと、ルキノはオライオンの頬を両手で包み込み、自ら彼の唇に自身の唇を重ねていた。
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