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三章・勝敗の行方⑨
啄むようなキスを繰り返す。オライオンの背が高いせいか、ルキノの踵 がほんの少し浮いていた。それを支えるように腰に腕が回されている。
潮彩 に包まれながら、二人はお互いの想いを確かめ合うように夢中で唇を寄せ合った。少しずつ行為は激しくなり、息も荒くなる。開けた唇の隙間から肉厚の舌が潜り込んでききた。ルキノも舌を絡めると、唾液の弾ける音が耳を抜けていく。
「んっ、ハァッ」
呼吸をする暇もないほどに荒々しく求め合う。歯列をなぞる舌が上顎を撫でてきて、腰回りが砕けるように熱くなった。下唇を吸われると甘い声が漏れる。いつもは穏やかで可愛さすら滲ませているオライオンは、色気を纏いルキノを翻弄していた。
「オラ、イ、オン……もっと……」
伝わっているのかはわからない。けれどゆっくりと伝える余裕もない。雰囲気で悟ってくれたのか、唇を何度重ねて離しても、再び引き寄せられるように合わせてくれる。
目尻が熱くなってしまほどの幸せが胸を満たしてくれる。
ようやくキスが止まったのは、月明かりが雲間に隠れ始めた数十分後のことだった。
随分長い時間を過ごしてしまっている。エイリークが部屋を訪ねてきたらバレてしまうだろう。それでもいいと思えてしまうのだから、自分が怖くなる。
唾液で潤んだ唇に、オライオンが触れてきた。目をつむると、最後というのに軽いキスが降ってくる。
じんわりと胸の奥が幸福感で満たされていく。その感覚にずっと酔いしれていたかった。
「ねぇ、君の病を治すための薬を作ろうと思っているんだ」
『魔力過剰障害の治療薬を?危険なことをする気じゃないのか?』
「大丈夫。僕が絶対オライオンを治してみせる。そのときにはもう一度、君の声を僕に聞かせてくれないかな?」
永遠に共にいることはできない。彼と過ごすことのできる時間は限られているだろう。だから希望が欲しかった。オライオンと離れても、悲しみに暮れなくていいように。
『約束するよ』
再び抱き寄せられる。オライオンのシャツの胸元を強く握りしめると、自身に誓いを立てた。
薬が完成したらオライオンに向けている気持ちに終止符を打とう。
伯爵家を継ぎたい。薬草学の研究も続けたい。そしてオライオンと一生を共にしたい。夢は多く。どれか一つを選べば、必ずどれかを諦めることになる。ルキノはまだそのたった一つを選ぶことができない。そして、最も早く諦めなければならないのはオライオンへの恋心だということも理解していた。
「帰ろうか」
朝になったらエイリークにバレてしまう。ルキノは注意だけで済むかもしれない。けれどオライオンはそうはいかない。だからその前に部屋に戻り、何食わぬ顔で過ごさなければ。
オライオンから一歩離れる。そんなルキノに、オライオンが手話で話しかけてきた。
『ルキノ愛してる』
彼が意味を理解しているのかはわからない。けれどそれは確かに、ルキノがオライオンに向けた愛の言葉だった。
一つ二つと涙が頬を流れ落ちていく。諦めようと決めた。けれど諦めたくないと心が叫んでいる。オライオンはルキノの柔らかな心を、大きな手のひらで包み込み温めてくれる。常に劣等感に晒されているルキノの心に寄り添い、大丈夫だと背を撫でてくれた。
それが例えルキノだけが感じていることだとしても、確かに救われている。助けられてきた。
「っ、ズルい……オライオンはズルイやつだッ」
嗚咽が止まらない。
欲しいものはいつだって手のひらの上を滑り落ちていく。努力を重ねてもルキノの元に留まってくれることはない。
『アラリック魔法学園で努力する君をずっと見ていた。裏庭で魔法の練習をしていただろう。図書館からルキノの姿がよく見えるんだ。……初めは興味本位で眺めていた。けれど、いつの間にか毎日裏庭にくる君のことを待ち遠しく感じるようになった。アラリック杯の獲得者が決まった日、ルキノは静かに裏庭で泣いていた。謝るのは違うと思ったし、かと言ってかける言葉も見つからなくてそのままになってしまった。ずっと話したかったんだ』
オライオンが自分のことを見ていたことに驚いてしまう。それ以上に、努力している姿を見ていてくれたことが嬉しかった。そのせいか、ますます涙が溢れてきて止まらなくなる。
認められたいと願ってきた。まさかライバル視していたオライオンからそんな言葉がもらえるとは想像もしておらず、感動で胸がいっぱいになる。目標で憧れ。アラリック杯を獲得できなかったとわかった日、ルキノは自分自身が小さな人間なのだと思い知らされた。けれど同時に、オライオンのことを純粋に凄いとも感じていた。
「僕は、どうやったって君には敵わないな」
泣きながら笑みがこぼれる。胸を占める情熱が更に増していく。そんなルキノに、オライオンが綺麗な笑みを向けてくれた。目尻にシワを寄せて、月のように柔和に微笑んでくれている。その笑み見ると頑張れる気がした。
『それは俺の台詞だよ。だからこの先なにがあっても君のことは俺が守ってあげたい』
「フッ、約束だ」
『ああ、約束だ』
心が通じ合う。ルキノはオライオンになら背中を預けられる。だからその約束を信じて疑うことはなかった。
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