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三章・勝敗の行方⑩

部屋に戻ると消していたはずのランプがついていることに気がついた。オライオンは心配してくれたが、大丈夫だと伝えて別れる。  テラス窓から部屋の中に入ると、予想通りエイリークがソファーに腰掛けてルキノの帰りを待っていた。意を決して近づくと、予想外にも笑みを向けられる。 「楽しかったかい?」 「……怒らないんですか?」  思わず質問で返してしまう。奇妙なほど落ち着いているエイリークが恐ろしくもある。笑みを深めたエイリークは、ルキノの腕を引くと膝の上に座るように促してきた。  拒否できる空気でもない。渋々従うと、腰に腕が回される。 「怒っているよ。ものすごくね」 「っ、エイリーク様っ、んん!」  無理矢理唇を奪われてしまう。逃げようと腰を浮かせてみても、力では勝てそうにない。オライオンのときとは違う荒々しさと恐怖に、カチカチと歯が鳴ってしまう。それでも、エイリークはやめてくれる気はないようだった。 「ルキノは悪い子だね。折角優しくしてあげているのに、他の男と逢引きするなんて」 「やだっ、エイリーク様、やめてくださいっ!」  必死に胸を手のひらで押す。けれどその行為は火に油を注ぐだけで、一向に行為は止みそうにない。こうなることはわかっていたはずだった。けれど実際に起きてしまうと、対処の仕方もわからず、ただ混乱と恐怖に晒されてしまう。 「ねぇルキノ、俺を見てくれないかな」  まるで泣き出す前の赤子のような弱々しさで懇願されてしまう。胸が痛むのは、婚約者候補であるエイリークへの裏切りを行った罪悪感からだろうか……。 「このまま君の純血を奪って俺のものにしてしまおうか」  恐ろしい言葉に震え上がってしまう。言葉を失っていると、エイリークが物哀しげに笑みをこぼした。  いつも余裕な態度のエイリークからは想像もできないほどに憔悴してしまっている。自分が彼をそうさせているのだとわかっているからこそ、かける言葉が出てこない。 「エイリーク様……許してください……」 「……君が泣くのは反則だろう」  流れ落ちる水滴を、エイリークが唇を寄せて止めてくれる。彼のことを好きになれたなら良かったとは思わない。けれど申し訳ないとは感じている。  良くしてくれている。大切な兄のような存在だからこそ、傷つけてしまっている事実に心が痛んでしまう。 「俺は人のことを羨ましいなんて思ったことがなかったんだ。でも今は、彼のことが心底羨ましい。どうやったら君は俺のことを愛してくれる?」  強く強く抱きしめられる。ルキノの肩に額を当てて、弱々しく感情を吐露するエイリーク。その背を撫でてやることがルキノにはできない。  このまま行けばいつか自分はこの人と婚約するのだ。けれどそのときになっても、オライオンのことを忘れることはできない。きっと一生、ルキノがエイリークを愛することはないだろう。そのことをエイリーク自身も感じ取っているのかもしれない。 「……ごめんなさい」 「……フッ、君の嘘が付けないところも魅力的に思えてしまうんだから最悪だね」  仕返しするかのように首元を軽く噛まれる。流れで肌に吸い付かれて、小さな痛みが走った。  離れてくれる気はないのか、そのまま抱きしめられる形に収まってしまい動くことができない。 「仕返しはしないといけないだろう」  その言葉が誰に向けられたものなのかは定かではない。けれど今回のこでエイリークとの婚約話は一気に進んでしまうだろう。レオナルドを説得するにも実績が足りない。  そびえ立つ壁が大きすぎて、ルキノはずっと立ち往生している状態だった。

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