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四章・条件と決別①
魔法交流会から一ヶ月ほどが経った。予想通りルキノとエイリークの婚約話は進み、婚約披露パーティーを開くと同時に婚約を成立させることが決まってしまった。それに伴い、レオナルドがルキノの外出を制限することを決めた。
手記についてローディンに尋ねようと思っていたルキノは、外出制限に頭を悩ませている。抜けだすにも、常に使用人が見張っており実行に移すことができない。
コンコンと窓を小石が叩くような音が耳に届き、ソファーから立ち上がった。顔がほころんでしまうのは仕方ないだろう。予想通り小鳥が窓の縁で待っている。窓を開けるといつものように手元へ手紙が舞い降りてきた。
(オライオンに手紙を渡してもらえるようにお願いしてみようかな)
外部との唯一の連絡手段はオライオンとの手紙のやり取りだけだ。思い立つとすぐに、オライオンとローディン宛の手紙を二通書き小鳥へと変化させる。
飛び立つ小鳥の尻尾を見つめながら、この先どうしていくのが正しいことなのか考えてしまう。
ルーナディアを見つけるためには外に出る必要がある。それに花を手に入れたとしてもエリクサーを調合するための作業場がないのが現状だった。
考えを巡らせていると扉がノックされる音が耳に届く。入室を許可すると使用人がルキノのことを呼びに来たようだった。
「伯爵様がお呼びです」
「すぐにいく」
憂鬱だと感じてしまう。拾われた頃はレオナルドの膝に座り、共に本を読みながら魔法学や領地のことを教えてもらっていた。それが今では本音で話すことすらできなくなっている。いつからこうなってしまったのかを考えることの方が無謀にも思えてくるほどだ。
部屋を出ると執務室に向かう。今度はどんなお小言を浴びせられるのだろうか。想像するだけで嫌気が差してしまった。
「お呼びですか」
「そこに座れ」
促されるままソファーに腰掛ける。てっきり宿を抜け出してオライオンと会っていたことを責められると思っていた。けれどそうではないらしい。エイリークはあの日のことをレオナルドには話していないのだろう。エイリークが側にいたため、レオナルドも監視は付けていなかったはずだ。
「お前に魔法医局から収集がかかった」
「僕が魔法医局から?どうして突然……」
「お前は薬草学の知識に長けているそうだな。魔力過剰障害の研究を執り行うことが決まり、公爵家が資金を援助するそうだ。こんな機会は二度とないぞ」
「その研究は随分前に頓挫していたはずでは?急になぜ?」
「オープニングセレモニーでエイリークとオライオンが派手にやったそうだな。影響力を鑑みて、オライオンの治療を行うことにしたそうだ」
視界がぐらつくような感覚がした。エイリークに先手を取られたことは明白だった。公爵家のおかげでルキノは魔力過剰障害の治療薬の研究を行うことができる。それと同時に隠れることなくオライオンを救うこともできるのだ。けれど、その代わりに差し出さなければならない対価は?
考えなくても答えはわかっている。婚約を蹴れば、オライオンを救うこともできず、伯爵家の立場や評判も地に落ちてしまうだろう。
「御義父様はこれで満足ですか?」
つい尋ねてしまった。ルキノが伯爵家を継ぐことを望んでいることは知っているはず。それでも公爵家に嫁がせようとする。利益のために、義理とはいえ息子を利用しようとしている。貴族とはそういうものだと知っていたはずだ。それでも納得できなかったのは、ほんの微かでも家族の情というものを信じていたからだ。
「……成果を上げてみせろ」
心無い言葉に深く傷つく。レオナルドにとってルキノは所詮ただの養子に過ぎない。わかっていても受け入れられなかったのは、祖母以外で唯一ルキノのことを受け入れて育ててくれたのがレオナルドだったからだ。
いつだって一番の理解者でいてくれる存在だった。だから分かり合えない現状が辛くてたまらない。
「……僕はあなたの本当の息子にはなれないようです。失礼します」
捨て台詞のような言葉だった。レオナルドが勢い良くオフィスチェアから立ち上がった音が聞こえてきたが、背を向けて執務室を立ち去る。ズタボロの心が「辛いよ。助けてよ」と子供のように泣き喚いていた。
けれど助けてくれる存在はこの広い伯爵家には居ない。
──オライオン。僕はどうしたらいい?
答えなど決まっている。それでもまだ受け入れる心の準備はできていなかった。
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