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四章・条件と決別③

 肩に止まった小鳥を撫でる。  意味もなく紙の小鳥を生み出しながら、時間を潰していた。ヒリング魔法薬店でオライオンが姿を見せるのを待ち続ける。ハーブティーを用意してくれたローディンが、目の前の席に腰掛けると柔和な笑みを浮かべる。 「手紙を読んだよ。あの薬については、いつか誰かに引き継ごうと考えていたんだ。ルキノ君は適任だね」  切り出されて、室内に緊張感が走る。  あえて濁した言い方をするのは、エリクサーの存在をあまり公にはできないからなのかもしれない。エリクサーは万病に効く幻の薬だ。魔力過剰障害だけでなく、他にも難病に指定された薬を治療するためにも用いることができる。それがどれだけ世間を揺るがすことになるのかを、ローディンはきちんと理解しているのだろう。 「ルーナディアの生息地をご存じですか?」  ローディンがどんな地位で今までどんな研究を行ってきたのかは知らない。彼が身分を隠して薬屋をしている理由も詮索する気はなかった。   今はただ聞かなければならないことを知るためにしか時間を使うことができない。 「……誰にも口外してはならない。薬を作れたとしても使用するのは一度きりにしてほしい。この口約束を守ることはできるかい?」 「僕はオライオンの病を治してあげたい。それ以上は望んでいません。だから群生地を発見したとしても口外はしないと誓います」 「そうか。……ブルビエガレ森林という迷いの森の存在は知っているかい?」  頭の中で地図を展開し、ブルビエガレ森林の場所を思い出す。幻覚作用のある花粉を撒き散らす大木で埋め尽くされた森林で、一歩足を踏み入れると方向感覚を見失い森の中を永遠に彷徨い続けると噂されている場所だと記憶している。  そのため普段は誰も近づくことはない。 「ブルビエガレ森林にルーナディアの群生地があると?」 「可能性は高い。あの森自体が不思議な存在だと思っているんだ。誰かが意図的に作った場所のように感じていてね。それに唯一残っていたルーナディアに関する文献には、森林に生息し、新月の日にだけ開花すると書かれてあった」 「……確かに、探してみる価値はありそうですね」  信憑性は高い。それにローディンさんの人柄はよくわかっているつもりだ。嘘を吐く人ではない。  ブルビエガレ森林に入るには準備が必要だ。すぐに向かうことはできない。焦りが湧き出て来る。けれど、そういうときほど物事が上手く進まなくなってしまう。だから落ち着かなければならない。 「どうして魔力過剰障害の研究を始めたんですか?」 「……君と同じ理由だよ」  懐かしむような声音が鼓膜を通り抜けていく。ローディンの薄緑色の瞳が、遠くに存在する誰かへ向けられている。大切な人がいたのだとすぐに察することができた。  ルキノとローディンはどこか似ている所がある。なんのために薬草学を学び、どんなことに利用するのか。それを教えてくれたのはローディンだ。だから似てしまうのも仕方はない。 「私のパートナーは目を患っていたんだよ。魔力過剰障害は一度患えば一生を共にしなければならない。結局彼女は早逝してしまった」  もしもオライオンが亡くなってしまったら……。そんなことを考えるだけで怖くなってしまう。  助けたい人がいて、地位も名誉もある。それでも助けるための力が伴わない。歯痒さは心を蝕む。どんなことを投げ売ってでも助け出したい。それが愛というものだから。 「僕はオライオンを助けたい。いつも劣等感に苛まれてばかりだった僕に、美しい世界が存在することを教えてくれたのは彼です。だから、諦めません」 「私も歳を取ってしまった。……その強さが羨ましいよ」  師匠であり、心を許すことのできる大人。それがローディンだ。だからそんな彼の思いを遂げてやるためにも、ルーナディアをなんとしてでも見つけようと決めた。

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