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四章・条件と決別⑥

 目を覚ましたとき、隣にいたのはエイリークだった(オライオンではなかった)。辺りを見渡して初めて、寝ている場所が自室だと理解する。 呼吸が苦しくなるほどに胸が痛むのは、あんな形で別れることになってしまったことが悔しくも悲しくて仕方なかったからだ。 「おはようルキノ」 「エイリーク様……」  エイリークを見ても心は反応を示さない。ルキノにとって必要な人は彼ではないから。  けれど別れることを決めたのは自分だ。馬車の件はそれを強固にする材料のようなものだった。 「あなたが馬車をけしかけたんですか?」 「……疑っているのかい?」  ただの妄想だとわかっている。ただエイリークを悪者に仕立て上げて、悲しみに暮れる心を少しでも軽くしたいだけだということも……。  馬車の前に飛び出したのはオライオンだ。エイリークは遠くに居て関わることはできない。  それでも口から湧き出してくるひどい言葉を止められなかった。 「助けるタイミングが良すぎました。それに見計らったように馬車が走ってくるのも不自然です。エイリーク様が僕達を引き離すために策を講じたのではないですか?」 「ルキノ、あれは事故だ。俺は君に怪我を負わせかねない策など立てない。見守っていたからたまたま間に合っただけだ。俺があの場に居なければ今頃君達は馬車の下敷きになってしまっているよ」 「っ、嘘だ!信じない!」  子供の癇癪のようだった。心が悲鳴を上げている。  エイリークが策を講じていないことなどわかりきっていた。幼い頃から兄のように慕っている人だ。慕うのには理由(わけ)がある。彼は切れ者で、手段を選ばない部分はあるが、いつだって真っ当だった。  魔法騎士団長として国を守りながら、公爵家嫡男としての重い責務も果たしている。だから、全部わかっていた。  あれは事故で、オライオンと離れることになったのは自身の力が足りなかったからなのだと。地位も名誉も権力もない。ルキノにはなにもなかった。だから、大切な人と添い遂げたいという小さな願いすら叶えられない。 「俺を責めたいのならそうしたらいい」  抱きしめられるとますます涙が溢れてきた。エイリークの背を強く叩きながらオライオンの名前を呼び続ける。  無力さが心の中でとぐろを巻いていた。 「ぅ、ぁ……あぁ!オライオンっ、ひくっ……ごめんっ……」  泣き続けるルキノの背をエイリークが撫でてくれる。それは枯れるほどに流れた涙が止まり、再びルキノの全身を眠気が襲ってくるまで続いた。  その間、エイリークはずっと黙ったまま。ただ包み込むようにルキノのことを抱きしめてくれていた。

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