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五章・無月に咲く花①
魔力過剰障害の治療薬の研究を始めたのは、オライオンと別れてから三日にも満たない頃だった。薬草に触れている時間だけが悲しみを忘れさせてくれる。
エイリークがルキノのために誂えてくれた研究室には、最新の器具が揃っており環境は申し分ない。
ルーナディアの花は新月の日にのみ開花するため、その一日を狙ってブルビエガレ森林へ赴かなければならない。王都から南に二日ほど進んだ場所に位置するため、一ヶ月を使い準備を行うことに決めた。
(ルーナディアだけではエリクサーを作ることはできない。調合する薬草を見極めなければ……)
葉から抽出した汁や、種の薬効など、様々な視点から魔力過剰障害を抑えるための薬草を選んでいく。魔力過剰を抑えるための薬草であるコントロ草を主軸に、幸運を呼び込むと呼ばれるハピン薬なども混ぜてみた。
「薬効が薄まってる……」
薬の掛け合わせは賭けだ。一度で完成するものではない。わかっていても焦ってしまうのは、オライオンの悲しみに染まった表情を忘れられないからかもしれない。
「精がでるね」
「……エイリーク様こそ毎日よく飽きませんね」
「君の顔を見るのに飽きることなどないだろう」
研究を始めてから、エイリークは研究室へと毎日のように姿を現している。邪魔にならない上手い具合の距離感が、逆に少しだけうざったくも感じてしまう。
「ルキノに会うときはいつだって新鮮な気分なんだよ。怒ったり泣いたりと君はとても忙しそうだから見ていて飽きない。でもたまには昔のように笑顔を見せて欲しいかな」
入り口付近の壁に背を預けて微笑むエイリークを睨みつける。いつまでも冷たい態度を取るのはよくない。気持ちの整理がつけば態度も軟化できるはずだ。
エイリークを嫌っているわけではないからこそ、どんな態度を取ればいいのかわからなくなる。
「近々遠征に出る予定です」
「同行しようか?」
「お忙しいでしょうし大丈夫です。それに一人で行きたいんです」
「……一人で行くのなら認められない」
過保護ではないだろうか。そう思い苦笑いをこぼす。エイリークが大切にしてくれていることも知っている。けれど研究について干渉はしない約束だ。
「僕がなにをしようと口は出さない約束です。お忘れですか?」
「フッ、強気だね。確かに約束した。今回は俺の負けだ」
わざとらしく降参のポーズを取るエイリーク。どこか余裕のある大人の雰囲気は、大型犬のような可愛らしさを持つオライオンとは相反する。
顔に流れる銀髪をかき揚げたエイリークが、目を合わせてくる。深い紫の瞳がルキノから逸らされることはない。
「その薬を作り終えたら、ルキノはなにをしたいんだい?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「純粋な疑問だよ。婚約者のしたいことは応援してあげたいだろう」
「……今は魔力過剰障害の薬を作ることしか考えられません」
ルキノのやりたいことや目標はすべて消え去ってしまった。だから先のことなど考えもつかない。薬を完成させた暁には、完全にオライオンとは決別することになるだろう。そうなったとき、次の目標を見つけて前へ進むことはできるのだろうか……。
手を止めたルキノは白衣を脱ぐとハンガーラックへと駆けて眉間のシワを揉む。最近は眠りも浅い。
(オライオンはなにをしているかな)
暇があれば彼のことを思い浮かべてしまう。
最近はエイリークとしか話をしていない気がして、少しだけ不安にもなってくる。エイリークが言いくるめてくれているのか、レオナルドは研究については反対してこない。
認めてくれているわけではないだろう。レオナルドから褒められた経験など数えるほどもない。
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