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五章・無月に咲く花④

 研究室に着くと、丁度窓の縁に紙でできた小鳥が止まっていることに気がついた。あわてて開けようとしたが、窓の鍵へ伸ばした手を握りしめて下ろす。  決別すると決めた。だから手紙のやり取りも止めなければならない。小鳥がしきりに窓を突いている。その姿がオライオンの悲痛な表情を思い出させる。 (ごめん……薄情な僕を許して)  小鳥とルキノを遮る硝子窓を指先で撫でる。この硝子はルキノとオライオンを阻む壁そのものだ。 「僕が君を治してみせるから」  小鳥が一度だけ首を傾げたあと、窓から飛び去って行く。オライオンの元へ帰るのだろう。  受け取られなかった手紙を見たら悲しむだろうか? きっと彼ならルキノの気持ちを悟ってくれるはず。家同士のいざこざにより駆け落ちする貴族は多い。ルキノがその選択肢を取れないのは、オライオンの病を治すためにはエイリークの力が必要不可欠だから。そして、駆け落ちするほどの勇気や無責任さを持ち合わせてはいないからだった。 (現実主義者なのかもしれない……)  人生には何度もターニングポイントが存在する。  ルキノの人生はレオナルドの手を取った十歳の頃に決まってしまった。だからこの研究が終わったら、命令に従いエイリークと婚約しよう。エイリークはいい人だ。だから絶対に幸せになれる。  自身に言い聞かせて、受け入れる心の準備を整えていく。  この婚約を阻止することができるのは王族だけだろう。ルキノのために王族が動いてくれるなどとは思えない。だからやはり、諦めなければいけない。  涙は出てこなかった。泣いても現状は変わらない。この婚約は阻止できないのだから。

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