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五章・無月に咲く花⑥

 辺りは暗くなり、いつの間にか木々のさざめきすら聞こえなくなってきていた。暗闇の中に一人切り、虫の羽音すらない。 (オライオンの世界はこんな感じなのかな)  音の聞こえない世界。自分の声すらわからない。それはきっと想像を絶するほどに怖い。そんな世界で生きている彼は、やはり誰とも比べようのないほどに強い人だ。 「月がもうすぐ消えてしまう」  予想よりも新月は近い。あと二、三日もすれば月は完全に隠れてしまうだろう。それまでにルーナディアの生息地を見つけなければならない。  立ち止まっている暇などなかった。  夜が更けると、適当な場所でキャンプを行う。食料はできる限り持ってきたが、尽きる前にルーナディアを見つけて森を抜けられるのかは疑問だ。  用意していた缶詰を開けると、ホーンラビットの肉詰めが姿を表す。網を引き焚き火で炙ってからかぶりついた。とてつもなく美味しいというわけでもない。それでも貴重な食事だ。  夜空を見上げれば月が存在している。それを見つめているとオライオンのことを思い出す。一緒に見た夜景はあんなにも美しかったのに、今は心を暗くさせるだけだ。 「君に会いたいよ」  紙に魔法を使うと小鳥になる。肩に止まってくれた小鳥の頭を優しくなでた。少しだけ心強い。ひとりぼっちではないと思える。  朝になれば歩みを再開しなければならない。それまでは横になり体を休めておこう。寝袋を取り出しその中に体を横たえる。目を閉じると、予想以上にはやく眠気が襲ってきた。 (おやすみ)  頭元に立っている小鳥へ挨拶をして目を閉じる。そうやってブルビエガレ森林での初めての夜が更けていった。

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