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五章・無月に咲く花⑧

 風が頬を撫でる感覚がした。  倒れたまま意識を失っていたルキノは、地面に頬を付けたまま生えている草を眺める。体に力が入らない。なにも食べてないこともあり、気力が湧いてこなかった。 (今、何時だろう……)  どのくらい眠っていたのかも定かではない。辺りは暗闇に包まれている。空に浮かんでいるはずの月が今夜は姿を現していないようだ。腕時計も割れてしまい止まってしまっている。本当にこのまま動けずに終わりを迎えてしまうかもしれない。  こんなことならエイリークに付いてきてもらうべきだっただろうか……。意地を張らずに頼っていればよかったのかもしれない。けれどそれができなかったのは、ルキノが少なからずエイリークに怒っているからだ。 (諦めたくない)  そう思い体を起こそうと腕に力を込めた。刹那、上から蛍のように美しい光が舞い降りてきていることに気がついて目を見張る。幻想的で目を奪われてしまう光景だ。それが妖精だと気がついたのは、降り注ぐ光がルキノの周りを漂い始めた頃だった。  妖精に囲まれるように、銀翼を背に携えた人物が降りてくる。まるで天からの使者のようにも感じられた。  (……まさか……そんなはず……)  目頭が熱くなる。妖精たちの合間を縫い、あの小鳥がルキノの肩へ止まった。信じられなかった。けれど目の前へと舞い降りたその人が、ルキノを抱きかかえてくれた瞬間に夢ではなかったのだと気がついた。 「っ、オライオンどうして……」  オライオンが腰に下げていた鞄から回復薬を取り出して飲ませてくれる。小さな傷を治すことのできる薬だ。全身にできた傷が癒えて、疲労も軽くなった。  顔をくしゃくしゃにしながら、ルキノを抱きしめてくれる。力強い腕に抱えられていると、不安が薄れていき安堵が胸を満たしてくれた。  諦めかけていた。その愁訴感を、オライオンという存在が拭い去ってくれる。 「ごめんっ、僕ッ……」  助けてもらう資格なんてない。それなのに彼は小鳥の呼びかけに応えて、ここまで来てくれた。オライオンの額に浮かぶ汗が、急いできてくれたことを物語っている。  何度も謝罪を繰り返すルキノの口元に、オライオンが指先をあてがう。まるで謝らなくていいと伝えてくれているかのようだ。  ルキノの肩に止まっていた小鳥が、ただの紙切れへと戻る。丁度魔力が底を尽きた様だった。

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