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五章・無月に咲く花⑨
辺りを明るく照らす妖精達が、森の奥へ向かって流れるように移動を始める。まるで二人をどこかへと誘っているかのようにも感じられた。
オライオンがルキノを抱えたまま歩き始める。妖精達も歩みを合わせるようにゆっくりと飛んでくれていた。
妖精達に誘われるようにして辿り着いたのは、小さな泉のある幻想的な場所だった。星々が湖に映り込み、まるで日本に住んでいた頃に見た天ノ川のようにも見える。小さな宇宙を閉じ込めた水面の周りに、一銀貨(百円玉)ほどの青い小ぶりな花が群生していることに気がつく。見覚えのあるその花は、新月の日にのみ開花を迎える幻の花。
「ルーナディア……」
オライオンに頼み下ろしてもらう。手記も鞄に入れたままのため確認はできないが、確かに記憶しているルーナディアの花と酷似していた。妖精達がルーナディアの場所を教えてくれたのだ。妖精に愛されているオライオンが来てくれたおかげだ。
「……やっぱり君には敵わないな」
悔しさはない。胸を満たすのは達成感と、安堵だ。駄目だと思った。深い森の奥でこのままなにも達成できずに終わってしまうかもしれないと諦めかけていた。けれどルキノの想いはしっかりと天に届いたのだ。
ルーナディアの花は一夜で種となり、次の日には枯れ果てる。採取できるのはこの瞬間だけだ。胸ポケットからハンカチーフを取り出すと、花を数本採集してその上に乗せていく。採集キットも鞄の中のため、こうしておく他に保存方法が思い浮かばなかった。
すでにいくつかは種へと姿を変えていた。淡く発光している花弁は吸い込まれてしまいそうなほどに美しい。本当に見れば見るのほどに不思議な花だ。
夢中になって観察していると、見守ってくれていたオライオンがハンカチーフへと手を伸ばしてくる。ハンカチーフの周りを囲うように淡い光が発生し、目を見開く。
「これは保存魔法?」
『これで帰ってからも枯れることはない』
メモ帳に文字が綴られる。この光景を見るのも久しぶりな気がした。ひとつひとつは些細なことだ。けれどそのちっぽけな行動や仕草が、ルキノの心を大きく揺さぶる。オライオンが見せてくれたもの、与えてくれたものがしっかりと胸の奥に根付いている。だからオライオンと接することができる今を、胸が熱くなるほどに嬉しいと思えた。
「ありがとう」
ゆっくりとした口調と同時に手話を使う。声を受け取ってくれたオライオンが、心底嬉しそうに目尻にシワを寄せながら笑ってくれた。
ルーナディアの花が風を受けてそよぐ。静かな暗闇の中で、まるで月明かりのように仄かに輝くルーナディアの花弁。満月のような形をした薄い半透明の膜に覆われた種を手のひらの上で観察しながら、名前の由来をしみじみと感じる。
新月の夜。今夜だけは自分達がこの世界の月になったのだと主張するかのような花。だから、初めてこの花を見つけた学者は、ルーナディア(愛しい月)という名を付けたのかもしれない。
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