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五章・無月に咲く花⑩
「今夜はここに泊まって、明日の朝帰る方法を見つけようと思う」
『その必要はない。飛んで帰ればいい』
「あぁ、そうだったね。オライオンには羽があったんだ」
忘れていたことが恥ずかしくて苦笑いを浮かべて誤魔化す。オライオンの魔法は本当に便利で頼りになる。
「でも泊まるのは決定だ。オライオンも急いできてくれたから疲れただろうし」
『一日半くらいなら平気だよ』
「一日半!?」
倒れている間にそんなにも時間が経っていたとは思わず驚いてしまった。確かに今日が新月ならそのくらいは経っていてもおかしくはない。わかりやすい場所で一日半眠っていて、魔獣に襲われなかったことが奇跡のように感じた。
「あはは……なんだかどっと疲れてきた。それに鞄も失くしてしまったからテントを張ることもできない」
『それなら俺に任せて』
オライオンが指を鳴らすと、周りの木が動き出す。丸太が積み上がり、少しずつ小屋の形へと生成されていく。夢にも思える魔法を眺めながら、やはり苦笑いをこぼした。
規格外の魔法の才能。やはりオライオンは天才だ。真似などできるわけもない。
「流石は無口な孤高の魔法使い様だな」
『そのあだ名恥ずかしいんだ』
「格好良くていいじゃないか。僕なんか天才の落ちこぼれだから」
笑い話にしたくて笑顔で言う。するとオライオンがほんの少し不満そうに唇を尖らせた。不意打ちで可愛らしい仕草を目の当たりにしてしまい、胸がキュッと萎む。
『ルキノは落ちこぼれなんかじゃないよ。君はとてもすごい人だ。勇気があって、強くて、一生懸命で優しい。そのくせすごく繊細な部分もあって、俺はそんな君を見ている時間が幸せだよ』
盛大な愛の告白のように聞こえてしまう。オライオンが甘い表情を浮かべていて、顔を直視できない。熱くなった頬を両手で抑える。優しく梳(す)くように髪を撫でられて、心臓が更に激しく鼓動し始める。
オライオンとのスキンシップはいつも心が忙しなくなってしまう。もっと触れてほしいと感じるけれど、これ以上触れられてしまったらおかしくさせられてしまいそうでもある。甘く壊されていく恐怖。ふやけて、とろけて、そのままオライオンにすべてを委ねたくなってしまう。
小屋が完成すると、手を引かれて中へ入る。ベッドやテーブルまで備えられた小屋は、即席で作られたものとは思えない。
「……オライオン……僕……んっ」
唐突に抱きしめられて、唇を奪われてしまった。激しく舌先を絡められて、口の端から唾液がこぼれ落ちる。オライオンの気持ちが触れ合いを通して伝わってきた。焦りや愁訴、それから愛おしさ。
ルキノもオライオンに合わせるように舌先を動かす。水音が全身に響く。荒々しい息遣いは、どちらのものなのかすでにわからなくなっていた。
「やっぱり僕は、オライオンのことを愛してるっ」
諦めようと思った。自分から突き放すことでけじめをつけようともした。それでも心は常にオライオンと共にあり、離れることなどできない。
少しの触れ合いでこんなにも心を乱されてしまう。愛していると実感させられる。
──僕はオライオンなしでは呼吸をすることすら苦しい。
彼の居ない人生を想像することができない。こうやって熱を交換し、激しく求め合うたびに再確認させられる。
こんなにも苦しくて切ないのに、触れ合うたびに喜びが内側からじわりと溢れ出て来る。それが愛なのだと教えてくれたのはオライオンだ。
唇が離れると簡易ベッドに連れて行かれる。流されるまま横たわると、オライオンが上に覆い被さってきた。
「オ、オライオン……その……」
そういうことをするのは、せめてお風呂に入ってからがいい。夢中になってキスをしていたが、自分が泥だらけなことに気がついて恥ずかしくなってくる。
口を開閉させながら眉をハの字にさせて困り顔を浮かべる。そんなルキノのことをオライオンが包み込むように抱きしめてきた。
『おやすみ』
声は聞こえない。けれど口元がそんなふうに動いた気がした。
肩に顔を寄せて目を閉じたオライオンの頭へそろりと手を持っていく。本当に眠ってしまうらしい。指通りの滑らかな美しい髪を撫でると、気持ちがいいのか甘えるように擦り寄って来る。
それが幸せなのに複雑な気持ちだった。
勝手に先の想像をしてしまい、はやとちりだと気付かされて羞恥心に襲われている。身悶えたくなるのを我慢しながら、ルキノも勢い良く目を閉じる。
(オライオンの馬鹿……)
心の中で悪態をつくも、当の本人は心地よさそうに目を閉じているため責められない。けれどきっと、今日は幸せな心地のまま眠ることができるはずだ。
愛おしい人の腕の中で温もりに身を浸しながら、ルキノは穏やかに眠りについた。
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