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六章・賭け試合の末に①
伯爵家に戻ると、使用人達が慌てた様子でレオナルドを呼びに向かう。不思議に思いながら待っていると、いつも通り厳格な雰囲気を纏うレオナルドが姿を現した。少しだけやつれた気がする。食事を取れていなかったのだろうか?
「……戻ったのか」
「はい。ただいま戻りました」
「そうか……。ゆっくり休むといい」
安堵のため息がレオナルドの口元から漏れ出たような気がした。自分の目を疑ってしまう。まるで心配していたと言われたように感じられたからだ。厳しく、労りの言葉などあまりかけてくれないレオナルドがルキノの心配をしていたはずがない。
捻くれた考えが浮かぶ。けれど話し合うと決めたのだから、気持ちを伝えなければならない。ルキノへと背を向けて、執務室に戻ろうとするレオナルドの手を思わず掴む。
レオナルドの手に触れたのは、養子になったあの日以来だった。
「離しなさい」
「っ、僕の話を聞いてくれるまで離しません!」
「……婚約の話なら……」
「違いますっ!僕は御義父様にずっと認められたかったんですっ!」
婚約の件はエイリークともう一度話し合ってみるつもりだ。けれど今はそのことは忘れよう。ただ純粋に親子として話し合うことが沢山あるはずだから。
何度すれ違って喧嘩したとしても、親子なら理解し合えるはずだ。レオナルドが本当は優しい人だということをルキノはちゃんとわかっている。そして、お互いに圧倒的な会話不足だということも自覚していた。
「僕はっ、僕は御義父様に救われた日に、伯爵家の息子として相応しい人間になってあなたに恩返しをしたいと思いました。魔法の才能がないとわかっても追い出すこともせず、見守ってくださった御義父様に感謝しています。だからこそ、伯爵家を継ぎたいと考えました。でも恩返しをしたいと思いながら、本当はただ認めてほしかっただけなんです。大好きだからっ、尊敬しているから、あなたに……御義父様に認めてほしかった!あなたの本当の息子になりたかったっ!」
大声で本音を吐き出す。思えばこんなふうに思いを伝えたことなどなかった。いつだって嫌われないようにいい子に振る舞い、聞き分けのいい息子を演じてきた。それが二人の距離を遠ざける要因になっていたのかもしれない。
「……ルキノ。お前は私の息子だ」
「っ……」
「私には優秀な息子が居たが、今は自慢して回りたくなるほどに優秀で努力家の立派な息子が居る。だからこそ魔力量の少ないお前が伸び伸びと過ごせる環境を作ってやることが親としての役目だと思っている。エイリークは適任だ。そう思っていた」
「御義父様?」
「婚約の件は好きにするといい。お前を幸せにできる人間なら誰を選ぼうと、もう口出しはしない」
レオナルドの言葉が信じられず聞き返したくなってしまった。けれど唇が小刻みに震えているせいで言葉は出てこない。息子だと初めから認めてくれていたのだ。努力はちゃんと見てもらえていた。そのことが震えるほどに嬉しい。
ポロポロと涙が溢れてくる。どれだけ手を伸ばしてもきっと繋いではもらえないと思っていた。けれど違った。
レオナルドは初めからルキノの手を離してはいなかった。ただ勝手に勘違いして、話し合うことから逃げて目を背けていた。
「泣くな。みっともない」
「すみませんっ。でも嬉しくて……」
いろんな体液で顔を濡らしながら笑みをこぼす。心の底から歓喜している。そんなルキノにレオナルドがハンカチーフを手渡してくれた。その不器用な優しさが心の底に染みていく。
これから先も頑固な二人はたくさんぶつかり合うだろう。けれど、そのときにはまたこんな風に本音をぶつけ合えばいい。
「お父様、大好きです」
「……わかったから、はやく涙をふけ」
記憶よりも皺の増えた大きな手が、不器用にルキノの頭を撫でてくれる。その温もりは、幼い頃に感じた手のひらの温度と違わない気がした。
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