44 / 56
六章・賭け試合の末に②
◇◇◇
研究室に戻ると、エイリークが入口付近に立って待っていた。緊張が走り、自然と背筋が伸びる。オライオンと会っていたことはもう隠す気はない。
近づいてきたエイリークがルキノに触れようと手を伸ばしてきた。けれど一歩後ろに下がることで避ける。
「……無事に帰ってきてくれてよかったよ」
宙を彷徨う手を握りしめて降ろしたエイリークは、いつもの澄ました笑みを向けてくる。やはりエイリークの傍に居ても心は動いてはくれない。どれだけ愛を囁かれても、欠片も揺さぶられなかった。ルキノの心を動かすことができるのはオライオンだけだ。
「ただいま戻りました」
「……オライオン君と会っていただろう」
「……えぇ。よくご存知ですね」
「約束を破るなんてひどいな」
一気に距離を詰められて肩を跳ねさせた。腕をやんわりと掴まれる。力は入っていないはずなのに、決して逃げられないと思わされる圧を感じてしまう。
確かに約束を破ったのはルキノだ。責められるのはしかたがないだろう。
「俺はルキノが思うほど優しくはないよ。心も広くない。これでも必死に我慢しているんだ。このまま身体を暴いて俺だけのものにしてもいい。でもだめなんだよ……。その辛そうな顔を見ていると、泣かせたくないと思ってしまう……君がどうしようもなく欲しいのに、馬鹿みたいだろう」
ルキノには返せる言葉が見つからない。エイリークは本当に優しい人だ。この優しさと強さで人々を守る魔法騎士団長としての役目をこなしてきた。ルキノもそんな彼だから信頼して来られた。
自分が優しいオライオンを壊してしまっている。そんな思いに駆られてしまう。受け入れることは難しい。だからますます辛い。
「ごめんなさい。あなたのことを愛することができない僕を許してください」
真っ直ぐに紫の瞳を見つめながら伝える。遠回りなどせずにきちんと伝えるべきだった。自分の言葉足らずな部分が憎らしい。
「婚約が研究をする条件だったはずだね。覚えているかい?」
「……はい……」
「オライオンくんを救えなくてもいいのかい?」
「……研究の件は御義父様に相談してみようと思います」
この研究室のように設備は整わないかもしれない。けれど伯爵家でも研究室を用意することは可能だろう。視野の狭くなっていた視界がクリアになっていく。初めからたくさんの選択肢が用意されていた。それが見えなくなってしまっていただけだ。それほどまでに心に余裕がなかったのかもしれない。
抱き寄せられて胸の中に閉じ込められた。エイリークの鼓動が嫌に早く鳴っていた。
「俺を選んで欲しい」
「それはできません」
「婚約発表パーティーはもうすぐだ。誰にも婚約を止めることなどできない」
その通りなのかもしれない。けれど最後まで足掻きたい。諦めるものを探すのではなく、すべてを手にする方法を見つけてみせる。
それがルキノの選択だ。
「エイリーク様、僕はオライオンのことを愛しています。だからあなたと婚約することはできません」
「っ……少し黙って」
「エイリーク様っ……んっ!」
無理矢理唇を奪われる。そのまま仮眠室へと連れ込まれてしまう。エイリークは本気だ。
合わさった唇の不快感が拭えない。思わずエイリークの唇を噛むと、痛みに怯んだのか手の力が弱まる。そのすきにエイリークから離れて研究室から逃げ出す。けれど、突然の突風がルキノの全身を攫 い、宙に浮遊したまま身動きが取れなくなってしまった。
ともだちにシェアしよう!

