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六章・賭け試合の末に⑥
次の日、ルキノはエリクサーのお披露目をするために、オライオンはもちろんエイリークとローディン、そしてレオナルドを研究室へと招待していた。
飲みやすいように薬瓶へと移してあるエリクサーをオライオンへと手渡す。全員の視線がオライオンの手元へと向けられていた。
「……飲んでみて」
緊張が走る。オライオンも緊張しているのか深く呼吸を繰り返している。数回深呼吸をしたあと、オライオンが意を決したようにエリクサーを一気に飲み干した。
刹那、オライオンの全身が淡く発光し、数秒後に収まった。
「オライオン?」
固まったまま動かないオライオンに不安を覚えて話しかける。その瞬間、オライオンがゆっくりとルキノへと顔を向けてきた。
瞳がブルーグレーから濃い紫へと変化していることに気が付き息を呑む。
いままで上手く体に馴染んでいなかった魔力が、エリクサーから補助的な効果を受けてオライオンの全身に馴染んだのかもしれない。そのために瞳が濃い紫へと変化したのだろう。そう推察した瞬間、喜びが顔をもたげ始めた。
「今の声はルキノのものか?」
長く声を出していなかったせいか、掠れている低く艶のある声音がオライオンの口から発せられた。それに気がついた瞬間、ルキノは人目もはばからずにオライオンに飛びつき抱きしめてしまっていた。
「治ったんだなッ!オライオン、僕の声が聞こえるんだな?」
「っ……あぁ、聞こえる。君の声が聞こえるようになったんだ」
涙が流れる。嬉しくてたまらなかった。自分の事のように幸せで、最高の瞬間だった。オライオンも釣られるように目尻から涙を流し始める。
周りにいた三人も、今だけは二人の涙を温かい眼差しで見守ってくれていた。
「エリクサーは存在したんだね」
ローディンが呟く。もしもこの薬がもっと早くに完成していれば、王妃様は亡くならずに済んだだろう。悔やんでも時は戻らない。悲しい現実と嬉しい瞬間はいつだって混在している。
その一瞬一瞬を摘み取り、大切にしなければならない。
「よくやったなルキノ」
レオナルドが誇らしげな笑みを向けてくれた。
エリクサーの発明は世界を揺るがすだろう。しかしこの薬が広まれば犯罪が横行する未来が簡単に予見できてしまう。だからローディンとルキノはルーナディアの群生地を隠し通すと約束した。
そしてエリクサーの製造方法も厳重に管理しなければならない大事だ。
「ルキノくん。君さえ良ければエリクサーの製造方法は王家で厳重に管理すると誓おう。王家の者でも簡単には手を出せない場所に保管する。どうだろうか?」
ローディンの提案を断る理由はない。
元々エリクサーが完成したらローディンにすべてを託すという話をしていた。ルキノはただオライオンを治してあげたい一心だったのだから。それが叶った今、エリクサーを執拗に手元に置くことは避けておきたい。
「かまいません。むしろお願いしたいくらいです」
「そうか。ありがとう」
ローディンに製造方法の書かれた紙を手渡す。ルーナディアはきっとこれから先も永遠に、あの小さな泉の周りで新月の日にだけ美しく咲き誇るのだろう。
今ならルーナディアを守ろうとした学者の気持ちが理解できる。魅力的で美しいルーナディア。月に愛された小さな花は、たった一輪でこの世に大きな影響を及ぼすことができる。これこそまさに毒にも薬にもなる薬草。だからこそ隠す必要があった。
ルキノも永遠にエリクサーの秘密を隠し続けるだろう。
「これで俺と君は対等だ」
「ケホッ、そうだな。俺は絶対に負けない」
エイリークがオライオンに手を差し出す。二人が強く拳を握り合う。その姿を見つめていたルキノにも緊張と本気が伝わってくる。
今日から一週間後、三人の運命が決まる。無意識に胸元を抑えたルキノは、オライオンの横顔を見つめながら無事を強く願った。
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