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六章・賭け試合の末に⑦
試合は以前オープニングセレモニーで使用した競技場を使用して行われることになった。ローディンが裏で手配をしてくれたらしく、あっさりと使用許可が降りたようだ。
オープニングセレモニーの時のように、二人は一定の距離を取った場所に立ち睨み合っている。ルキノは以前とは違い、一番近くで観覧できる席に腰掛けて成り行きを見守っていた。
レオナルドが審判として競技場の真ん中に立つ。
「ルキノとの婚約を賭けた試合だ。両者全力で挑むように。それでは始め!」
レオナルドの言葉が終わった瞬間、両者が同時に地面を蹴りその場から駆け出した。防御壁から出た位置に対比したレオナルドが審査員として目を光らせ始める。始めに技を繰り出したのはオライオンだった。突如現れた大波がエイリークに向かって襲いかかる。水を司る精霊がオライオンに力を貸したのだ。
「すごい迫力だね」
ルキノの隣で一緒に観戦していたローディンが声を漏らす。ルキノもあまりの勢いに圧倒されてしまっていた。けれど大波が襲いくる中でもエイリークは余裕綽々 な笑みを浮かべている。
「植物に水をやる時間かな」
エイリークが軽やかなステップで地面を蹴ると、大樹が天井に向かって伸び始め、枝葉が大波から守るように生える。大波が掻き消えると、大樹に花が咲きオライオンに向かって砲弾を飛ばし始めた。オライオンは音が聴こえるようになったからか、オープニングセレモニーのときよりも軽やかにすべての弾を避ける。身体強化の魔法を使ったようだ。
ルキノは二人の戦いを見つめながら胸を躍らせていた。
(やっぱり僕にとって二人は憧れであり目標だ。それはきっとどんなときだって変わらないんだ)
ルキノは魔法の才能には恵まれなかった。けれど、魔法を好きなことに変わりはない。勝敗ではない魅力がこの試合には詰まっている。
ふと自分の心境の変化に気がついた。
羨ましいと思う気持ちはある。けれど、魔法を扱えないことへの諦めはもう心の中に存在していなかった。
──今は自分にできることを精一杯頑張っていけばいいと思える。
それはきっと様々な経験を通して、ようやく自分の中に答えを見つけられたからだろう。
土煙が競技場を覆う。その煙の中から翼を生やしたオライオンが飛び出してきた。手のひらで生み出した火種に息を吹きかけると、火の巨人へと成長する。巨人が大樹に触れて枝を折ると、そこから火が燃え広がり、あっという間に燃え去ってしまう。
「なかなかやるね」
「エイリーク様こそ、それが本気じゃありませんよね?」
「言ってくれるね」
エイリークが呪文を唱えた瞬間、背後に無数の剣が生み出される。オープニングセレモニーで見たときとは比べ物にならない量の魔剣だ。魔法使いは基本声を出さずとも魔法を使うことができる。けれど強い魔法を使う際には呪文を唱えることもあるとは聞いていた。
数百はある魔剣がオライオンに向かって一斉に飛んで行く。魔剣達をオライオンが背に生えた翼ではたき落とす。やはり実力はほぼ互角。どちらもまだ余裕はありそうだ。
激しい攻防が続いていた。
魔力を大量に消費するはずの強い魔法を繰り出し続けているというのに、二人の魔力は尽きる気配がない。凄まじいほどの魔力量。その凄さにルキノは息をすることも忘れるほどに魅入っていた。
(二人は本当にすごい人だ)
そんな二人が自分を賭けて争っているなど信じられない。
婚約のかかった戦いの中で、ルキノは無意識にオライオンを応援してしまう。愛する人と結ばれたい。
ルキノは自分の心に嘘などつけなかった。
オライオンに勝ってほしい。そう思った瞬間だった──。
エイリークが土魔法の応用で植物の蔦を生み出す。飛び上がって避けようとしたオライオンの足に、蔦が絡みつき身動きを封じられてしまった。
「飛ぶ鳥は落とされると言うだろう。君は俺には敵わない」
エイリークが壁に囚われたオライオンに指先を向ける。風の弾丸が指先から発せられて、オライオンに向かって勢い良く飛んでいった。
「オライオン逃げて!」
思わず立ち上がったルキノは、顔を悲痛に染め上げて叫ぶ。その刹那、蔦が燃え落ちてオライオンの拘束が解かれる。その場から飛び立った瞬間、風の弾丸が壁へと穴を開けた。
『ルキノ愛してる』
攻撃を避けたオライオンが、ルキノに向かって手を動かした。手話で安心させようとしてくれているのだろう。隙を見せてしまう行為だというのに、オライオンは穏やかな表情を浮かべている。
「っ、馬鹿だなあ……試合に集中しないと駄目だろ……」
きっと心配で震えているルキノのことを慰めようとしてくれたのだ。それがわかっているから、くしゃくしゃの笑みを浮かべながら自分も愛していると手話で返してあげた。
二人だけの秘密は、オライオンが音のある世界を取り戻したとしても変わらない。きっとずっと音のない声は二人の中で生き続ける。
この世界で唯一手話を知っている二人。心を繋いでくれる、指先から紡がれる声を忘れることなどない。
「余所見なんて余裕だね」
隙あらば魔法の弾丸が飛んでくる。このままではまた引き分けになってしまいそうだ。二人の戦いを見ていると、オープニングセレモニーの時は二人とも加減をしていたのだと思い知らされる。
無音から解放されたオライオンと、本気を出しているエイリーク。
戦いの行方はルキノには予想もできない。
「ルキノくんは将来どうやって生きていくのか決めたのかい?」
ローディンに尋ねられる。ルキノは戦う二人を見つめながら数回瞬きを繰り返す。ほんの少し前までは自分の未来は漠然としていた。けれど今はやりたいことがはっきりとわかる。
沢山迷って泣いて、理不尽や歯痒さに晒さられながらも進んできた。そうやって見つけた答えは、欲張りだと思われるのかもしれない。
「僕は薬草学者になりたいです。いろんな場所を旅してまだ見たことのない薬草に出会って、沢山の人を僕の作った薬で治してあげたい。でも伯爵家を継ぎたいという気持ちも完全に消えたわけではありません。オライオンと過ごす未来も捨てられない。結局すべてが欲しい。わがままですよね」
恥ずかしくなって苦笑いをこぼす。そんなルキノにローディンが優しい笑みを向けてくれた。
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