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七章・君の声を聞かせて②

◇◇◇  婚約披露パーティーは公爵家からの援助という形で、セイン伯爵家とヴェイル男爵家の力も借りて開催された。黒色のダークスーツを纏ったオライオンが、控室にいたルキノを迎えに来てくれた。ルキノも合わせるように黒色のダークスーツに身を包んでいる。  漆黒の瞳と髪に色を合わせたスーツが、ルキノの凛とした美しさを引き立たせている。 「格好いいよ」 「ルキノは綺麗だ」 「ありがとう。行こう」  オライオンの腕に手を回す。なにかが違えば隣に立っていたのはエイリークだったはず。けれどルキノの隣にはオライオンがいる。もしも運命があるとするなら、ルキノにとっての運命の相手はオライオンだったのだろう。  憧れて嫉妬していた。追いつけないことが悔しくて、勝手にライバル心を持っていたこともある。けれどいつの間にか彼の心の優しさや、強さに惹かれていた。 「ルキノ、君の声は澄んでいて聞き心地がいい」 「突然どうしたんだ?」  婚約披露パーティーの会場の扉の前でオライオンが囁いてくる。唐突に褒められて、照れてしまったルキノはぶっきらぼうに言葉を返してしまった。 「毎日思ってる。君の声をずっと聞いてみたいと思っていたから。俺に音を取り戻してくれてありがとう」 「っ……まだパーティーの前なのに泣いてしまうだろう……」  強がって悪態をつくと、とろりと甘い視線を向けられてしまった。  紫に変わってしまった瞳はあまりにも魅惑的すぎて、見つめているとおかしくさせられてしまいそうだ。 「そんなに見つめられるとキスしたくなる」 「っ〜〜、今はだめだ」 「後からならいい?」 「……っ」  小さく頷くと、オライオンの表情が更に糖度を増した。まだ婚約披露パーティーは始まってもいないのに、すでに心臓が持たなくなってしまいそうだった。  合図が鳴り響き、扉が開き始める。盛大な拍手の中、ルキノとオライオンは会場に向かって一歩を踏み出した。  婚約披露パーティーは滞りなく行われた。参加していたエイリークが嫌味を言いに来てオライオンと喧嘩になりかけたけれど、レオナルドとローディンが仲介に入ったため何事もなく終息した。  二人が暴れれば会場は吹っ飛んでしまう。経緯を考えると二人の仲の悪さは仕方がないのかもしれない。  オライオンを一頻り揶揄い終えたエイリークが、ルキノに二人きりで話したいと声をかけてきた。オライオンも今回ばかりは了承してくれる。  二人きりでテラスに出ると、夜風が二人の頬を撫でてきた。 「ルキノおめでとう」 「エイリーク様、僕……」  テラスの手摺りに背を預けながらエイリークが祝いの言葉を贈ってくれる。複雑な心境のルキノは、微かに眉を垂れさせる。  エイリークとは色々なことがあった。自分のことで必死で、何度もエイリークの心を傷つけてきただろう。  それを申し訳ないと思いながらも、気持ちに応えることはどうしてもできなかった。だから後悔などしていない。 「なにも言わなくていい。正式な試合で俺は負けたんだから」 「……はい」  そう言われてしまうとなにも伝えられなくなってしまう。  ルキノはエイリークが好きだ。その感情は恋愛感情とは逸脱した、もっと別のもの。尊敬する兄に向けるような親愛だ。その気持ちはどれだけ愛を注がれても変わることはなかった。 「俺なら君をもっと幸せにしてあげられると思っていた。今も少しは思っている」 「それは……」 「でもきっとそれは俺にとっての幸せで、ルキノにとっては枷でしかない。オライオン君の前でだけ浮かべる愛らしい笑顔がそれを証明している」  困ったようにも悲しんでいるようにも見える微笑を浮かべたエイリークが、ルキノの頬に触れようとして手を止めた。ゆっくりと握りしめられた拳が、宙を彷徨ったあとに手摺りの上へと置かれる。 「幸せなら笑っていてほしい。俺はルキノの笑った顔がなによりも好きだから。その笑顔を隣で見ることができないのは辛いけれど、君が笑っていてくれるならオライオン君に譲ってあげる」 「エイリーク様……っ、僕は今とっても幸せです」  謝ってはいけない。  ルキノができるのはエイリークが言うように、幸せであり続けることだけだ。そして笑顔で日々を過ごすこと。  花が咲くように笑みを浮かべる。幸せを象徴するような眩しい笑顔。その表情を見つめながら、エイリークは唇を噛み締めながら下手くそに笑ってくれた。  エイリークらしくない表情だった。けれどいつもどこか達観している大人なエイリークの素の表情のようにも思う。だからルキノはこの瞬間をしっかりと胸に刻み込んだ。 会場に戻るとオライオンがシャンパンを飲みながら待ってくれていた。ルキノの姿を見つけた瞬間駆け寄ってきてくれる。 「話は終わった?」 「うん。オライオンも挨拶回りをしてくれたんだろう」 「いいんだよ。ダンスが始まる。覚えてる?初めて一緒に踊ったときのこと」 「ああ、覚えてる。あの日、オライオンが勇気を振り絞って声を聞かせてくれた。その瞬間から君に惹かれていた気がする」  ガーデンパーティーでつまらなさそうに眠っていたオライオン。あの日のことは詳細に思い出せる。まさか婚約者になる日が来るなどとはあのときには想像すらしていなかった。  音楽が流れ始める。  ルキノとオライオンは手を取り合い、会場の真ん中へと向かう。リズムにあわせてステップを刻む。  きっとオライオンの世界にはこの瞬間も音が溢れている。ルキノの世界ではオライオンが眩しく輝いていた。  愛おしい人。月のように美しく、強いルキノの愛する人。 「愛しています」 「俺もルキノを愛している」  距離が縮まった瞬間唇が重なった。歓声の中、二人は愛を確かめ合う。これは始まり。この先にはまだ二人の未来が続いていく。

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