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第4話 見たい

 「やめっ……、殺、せ、早くころ…っ」  殺せと言いながらも、自分の手に堕ちていく、白い花びらのような青年。歪み、そして紅潮していく綺麗な顔に、ヴァルツの心がざわついた。  命を奪うはずだったその手はもはや、じわりとその首筋を、細い顎を支配するように押さえつける。そして片方の手は、まるで一種の好奇心に突き動かされるように、彼の快楽を引き出そうと勢いを増す。  辱めている。もう死にたいと言った奴を。そして、慈悲を持って殺すと言った。しかし同時に、その終焉にて、「死」そのものに「生」の輝きを見たように頬に紅を戻す、倒錯した者に、謂れのない興味を惹かれていた。  見たい。他にどのような顔をするのだ。殺して仕舞えば、もうそれは見れない。  聞きたい。どんな詩を書いていたんだ。皮肉なものか?上流階級の遊びのようなものか? 「はっ……あ、はぁ」  暗い瓦礫の洞窟に、その細い喘ぎ声だけが響く。しかし、彼が身体を震わせると、その度に折れた骨が痛むように、彼は顔を歪める。 「いっ…痛、い、やめろ……」  やめろと言いながら、痛みを感じるたびに生と性の悦びを感じているような、その甘い顔。  ヴァルツの手は止まらなかった。自分でも、何をしているかわからない。アイクをどうしたいのかも、自分が何を望んでいるのかも。 「見せろ」 「な、に…を」 「顔を見せろ」  片手で、アイクの頰を掴んだ。瞳は濡れ、頬に一筋の透明な水滴が流れる。  それが、何とも美しかった。朝露を抱いた、白百合の花弁。その儚い刹那に、すべての愛情と劣情を抱いてなお、凛としている。  アイクの青い瞳はどこか、自分を求めて望んでいるように見える。  感じたことのない感情だった。今までの人生が、まるで、今ひっくり返されたような。白と黒が、生と死が、憎しみと愛が反転する。 「ぅ、あ……あっ…ッ!」  アイクの身体が大きく揺れると共に、彼は苦痛に顔を歪めながらも、快楽に達していた。 「…….」  アイクのものから手を離す。カチャリ、と細い腰の周りに緩められたベルトが音を立てる。  しばらく呆然としていた。そして同時に、ヴァルツの中に、何か満足感さえ湧き上がる。  はぁ、はぁ、と微かに荒い息を吐きながらも、アイクは視線を逸らした。当たり前だ、殺してくれと頼んだはずの敵に、まさか快楽を刻まれたなど。 「……詩は」 「……?」 「どんな詩を書いたんだ」 「……黙れ」  アイクは吐き捨てるように言う。ヴァルツはそばに落ちてあった紙切れを拾った。 「読めるわけない、蛮人が」  小声で悪態をつくアイクを横に、ヴァルツは無言で詩を読んだ。それからふと呟く。 「花弁、ね」  少しだけ、アイクが顔を戻す。 「尊厳と悲劇、落ちる帳、落ちる花」 「…….」  どうやら、学のない下級ドイツ兵ではなかったようだ。  ヴァルツは、アイクの前にふと屈んで、彼を見つめた。 「……殺せなくなった」 「……何故」 「他の詩が見たい」 「揶揄うな」 「揶揄っていない」  そう言った瞳が、なぜか真剣なのを見て、アイクは訳がわからなくなる。 「狂人ナチ野郎が、ノンケじゃなかったのか」  アイクはちらりと彼の下半身に視線を落とし、吐き捨てるように言った。 「……”弾なし”かもしれない」  アイクは一瞬、ポカンとした。真顔で何を言っている。 「……質の悪い冗談を言うな、死にたくなる」  ヴァルツは、手を額に当てて、皮肉めいた笑いをこぼした。  ありえない。何をやっている。一体————  そんな理性の声はしかし、アイクが先ほど見せたあの表情にかき消されて行った。  狂ってやる。こうなれば、こいつと一緒に、狂っていくのもいいかもしれない。  ここへ閉じ込められた時点で、きっと「ヴァルツ」という人間は死を迎えていたのかもしれない。あるいは、壮絶な生を得たのかも—————

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