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第1話 陽光の国

 『そうして、闇の魔王・ルシフェルは、アルヴィーンの光の大剣によって引き裂かれ、粉々に散っていきました』 『長い戦いの末に、ついに夜明けが訪れます。アルヴィーンは、魔王の首を持り帰り、国王に献上しました。陽光の民は彼を讃え、勝利の祝賀はいつまでも続きました——————めでたし、めでたし』  母の声が、優しく物語を締めくくった。ベッドの横の蝋燭が、ぽうっとソルを包む。伝説の勇者アルヴィーンの大冒険は、ソルのお気に入りの物語。でも、ソルはふと小さな手を口にやって、考え込んだ。 「でもさ、母さん……」 「ん?どうしたのソル」 「魔王ってさ、ちょっと可哀想じゃない?」 「え?」 「だってさ、確かに悪いことしたけど……殺すことはなかったんじゃない?それに、魔王が弱ってる時に奇襲するなんて、ちょっと卑怯だよ」  それを聞いたソルの母は、思いもよらなかった息子の指摘に、「うーん、そうね……」と曖昧に頷いた。 「でも、魔王を倒さなければ、『陽光の国』が滅んでしまったかもしれないのよ?」 「そっか……」 「ね、ソル。この村を守りたいって、言ってたでしょう?将来は立派な戦士になるって」 「うん!!悪い魔物が襲って来たら、僕が守るよ!!」 「ふふ、じゃあ、今日はもうお休み」  母はそう言って、優しくシーツをかぶせた。 「おやすみ、未来の『光の勇者』さん————」  ◆ 「おーーーい!!ソル、ちょっとこっち手伝ってくれ!」  ブラン村は王国の外れの小さな村だが、作物が豊かに育つ、平和なところだった。村人は朗らかで皆仲がよく、そしてその中心に、ソルがいた。 「お、おじさん!ちょっと待ってなー!先に水汲み行くんだ」 「ソル〜〜!!こっち来とくれ、荷台が溝に嵌まっちまった。急いで王都に行かにゃならんのに!」 「オッケー、すぐ行く!」 「ソル、大変だ、牛が暴れ出した、落ち着かせてくれ!!」 「えっ、マジか!!今いく!!」  ソルは今日も忙しく、村をあちこち走り回っていた。人助けを惜しまない、優しくて真っ直ぐな性格、全ての雑用と力仕事を可能にする、逞しい筋肉。誰にでも誠実に接する、その太陽のような存在に、村人はいつも感謝していたのだ。 「まったく、ソル兄は」  ルナ・ルーク。ソルの5歳年下の妹が、山の放牧から帰ってくる。近所の子ども達の世話まで引き受けているのか、小さな子供を肩車、さらに、両腕には猿のように子どもが4人ぶら下がっているのを呆れた目で見つめる。 「タダ働きの便利屋じゃないんだから!」 「おう、ルナ!おかえり!」 「ルナねえちゃーん!ソルの腕すごいんだよ、3人持ち上げられるんだよ!!」 「そうそう、こいつら、ちょうど筋トレにいいんだよ、両腕合わせて60キロくらい?」 「子どもをダンベルにすな!!」  ルナは、突っ込みながらも、「ほら、もう帰りなさい」と子どもを誘導する。「じゃーねー、ソルお兄ちゃん、次は勇者ごっこしよーねー!」と元気な声で子供たちが帰っていくのを見届けながら、ルナはもう一度、文句言いたげな顔で兄を見上げる。 「いやまあ、家事任せちゃってんのはもーしわけないけどさ」  ソルは頭をポリポリ掻いて言った。 「でも、ギブアンドテイクじゃん。昨日のステーキも、肉屋のおじさんがくれたんだぜ。お前、頬張ってたよな?」  ニヤリと兄に笑いかけられ、ルナは「う……」と、視線を逸らした。そんなルナも、実はブラコンであった。 「ほら帰るよ、ソル兄!お母さんだって最近腰痛めてんだから!」 「ほいほーい」  ◆  そんな、いつもの日のことだった。夕食後、ルナはソルの部屋で数枚のカードを広げている。  ルナは月の力との親和性が高いと分かってから、嬉々として月の魔法を習得している最中であった。最近のハマりは、「月相と星のオラクルカード占い」。 「さあて、今日はお兄ちゃんの運命の人を占うわよ!!」 「はあ?運命?」  ソルは、光る立派な剣を大事に磨きながら、ふと顔をあげた。それは、父の形見——————彼は15年前に兵士として戦場に赴き、そして帰らぬ人となった。  もちろん、ソルはこの剣をあまり使ったことがない。「闇の淵」から遠いこの村はいつも平和で、魔物がやってくることも少ない。 「そう。お兄ちゃんは正統派イケメン、爽やかな好青年で、王道モテ男なんだから!!」  ルナは自慢げに言い放つ。 「いきなりすごい褒めるじゃん……」 「まあ、ちょっと真っ直ぐすぎるというか、猪突猛進で脳筋なとこもあるけど!」 「褒めて落とす系ね……」 「それでね、月によると、お兄ちゃんを慕っている人は、今この村に5人います」  と、ルナは五本指を立てて、グッと迫る。彼女は一度夢中になると、人の話を聞かない。 「ふーん」  しかしソルはそう適当に呟いて、また剣を磨き始める。 「興味なさすぎ!!何で!?」 「いやだって、別に色恋とか、俺そんな興味ないし……」 「うわ…このままでいてほしい想いと、25歳すぎて童貞はやばいという想いがせめぎ合う……」 「はあ!?お前何言って……余計な世話だ!!」  途端に大声で赤くなる兄に、ルナは腕を組み、神妙な顔をした。 「お兄ちゃん。男は30歳すぎても童貞だと魔法使いになっちゃうんだよ」 「どこの世界の話だよ!つーかな、お前が知らないだけで……、一応あるから」 「え?」 「経験は、あんだよ」 「ええええええっっ!?!」 「声でけえよ!落ち着け!!」  それから、ソルは何となく、微妙な顔をした。あれは19の頃だったろうか。村の女の子に迫られて、何となく流れで……。でも、あれはきっと、恋愛ではなかった。 「でも別に、何も感じなかったっつーか……。いや待て、何でこんな話をお前にしなきゃならない」 「ハッ……!!お兄ちゃん、見て。近々、お兄ちゃんに大きな運命の変転が訪れる!」 「話聞け」 「おかしいな……」 「ん?」 「なんか、未来が大きく変わることは確かなんだけど……もやっとしてるのよね」 「もやっと?」 「そう、闇に呑まれるみたいな」 「不穏なこと言うなよ」 「でもね、それと同時に、お兄ちゃんがずっと望んでたことが起こる」 「え…」 「『太陽の力』が強くなるよ。それを、自在に操れるかもしれない」  はっきり言ったルナに、ソルは一瞬、動きを止めた。  そう、ソルには長年抱えている悩みがあった。それは、太陽の力との親和性が高いと言うのに、いくら訓練しても、一向に太陽、ひいては光や炎の力を使えないことだ。  燃えるようなオレンジの髪色と瞳は、「陽光」に祝福された証。父も、そうだった。しかし、ソルは父のように、上手く力を引き出せなかった。  ソルは、それでも諦めず、太陽の光を使わずとも強くなるため、鍛錬に鍛錬を重ねた。魔法に頼らずとも、自分の腕を、足を信じて。  ソルの、燃え盛るような美しいオレンジの髪が、薄く開けていた窓からの夜風に吹かれ、さらっと揺れる。  ルナの占いを全部信じていたわけではない。でも、その瞬間、何か奇妙な感覚が、微かにソルの肌を撫でた。

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