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潜入 -7-
桐島法律事務所のミーティングルーム。俺、神崎徹は、向かいに座る桐島圭吾に、例のゼネコン潜入調査の中間報告をしていた。そして、俺の隣には、なぜか当然のように相葉隼人が座り、真剣な顔でメモを取るフリをしている。
「…ターゲットの山田課長ですが、金の流れに一つのパターンが見えました。銀座のクラブ『アフィーナ』のホステス・レイナ。彼女名義の口座に、不自然な入金が…」
「銀座!」
突然、隼人が声を上げた。俺は構わず続ける。
「…入金が確認されています。おそらく横領した金の一部を、彼女に渡しているかと」
「なるほど、愛人! 汚い男ですね、山田!」
俺は隼人を完全に無視し、圭吾にだけ視線を向けた。
「金の捻出方法は、ペーパーカンパニーを使った架空請求です。すでに3つのダミー会社を特定しました」
「すごい…! さすが神崎さん、まるで名探偵じゃないですか! 俺、惚れ直しました!」
「…………」
俺は報告書をめくる手を、ぴたりと止めた。そして、こめかみを指で押さえながら、隣で目をキラキラさせている学生ではなく、その全ての元凶である、向かいの男を睨みつけた。
「…おい、圭吾。どうにかしろ」
圭吾は、必死に笑いを堪えているのか、肩が小刻みに震えている。彼は、わざとらしく咳払いを一つすると、優雅にコーヒーカップを口に運んだ。
「まあまあ、徹。熱心に聞いてくれているじゃないか。良いことだ」
「良いこと…? こいつの相槌のせいで、報告の腰が毎回折られてるんだが」
「いっそ、一度付き合ってみたらどうだ? そうすれば、もう少し静かになるかもしれんぞ」
「寝言は寝て言え」
俺が吐き捨てると、それまで神妙に話を聞いていた隼人が、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「そうですよ、神崎さん! 俺の初恋なんです! 仕方ないって、この間、桐島さんも言ってくれました!」
「…………」
俺は、ゆっくりと、本当にゆっくりと、首を圭吾に向けた。そして、ありったけの軽蔑と非難を込めた、じっとりとした目で彼を見つめてやる。 まずい、とでも思ったのか。圭吾は、さっと目を逸らすと、一つ、大きなため息をついた。そして、ようやく重い腰を上げた。
「相葉君」
その声は、先程までの面白がる響きとは違う、エース弁護士としての、静かで、冷たいものだった。隼人の背筋が、ぴんと伸びる。
「俺は、『職場では』控えるように、と言ったはずだ。ここは、職場だ」 「…はい」 「それから、徹の報告に、君が相槌を打たなくていい。黙って、聞いていなさい。新人研修の一環だと思えば、勉強になるぞ」
有無を言わせぬその口調に、隼人は何も言い返せず、「…うす」と、小さく頷いた。
その口が、不満げに少しだけ尖っているが、俺の知ったことではない。
ようやく静かになった。俺が報告を再開しようとすると、桐島は、俺にだけ聞こえる声で、そっと囁いた。
「…これで満足か、徹?」
その目が、からかうように細められているのを見て、俺はもう一度、深く、長いため息をつくしかなかった。
「――続けるぞ。そのペーパーカンパニーの登記情報だが…」
静かになった隣で、隼人が、ものすごい勢いでノートに何かを書き殴っている。 どうせ「神崎さん、かっこいい」とか、そんなくだらないことだろう。 そう思うと、また、頭が痛くなってきた。
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