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正義の在処 -5-

10月に入り、街路樹の葉が、ほんのりと赤や黄色に色づき始めた頃。 桐島法律事務所は、巨大クライアント『新星ジャーナル』の訴訟対応で、まるで蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。 裁判所から定められた証拠提出の期限に向け、事務所は総出で動いている。原告側から要求された、今回の買いたたき疑惑に関連する可能性のある全ての資料を、新星ジャーナルのサーバーから抽出し、提出しなければならない。 若手弁護士やパラリーガルたちは、その膨大なデータの山を前に、来る日も来る日も仕分け作業に追われていた。提出義務のない無関係な資料や、弁護士とクライアント間の通信といった秘匿文書を、一点一点、人の目で精査していく。高槻君のような新人にとっては、気の遠くなるような、しかし弁護士の基本を学ぶための重要な作業だ。 そして、俺、神崎徹もまた、そのデータの海に、一人で深く潜っていた。 事務所全体でローラー作戦を行って広大な資料という土地を調べている中、俺だけが、5年前の記憶という、古びた宝の地図を頼りに、たった一点の真実を探し求めている。 表向きは、事務所のレビュー作業を手伝う調査員。 だが、本当の目的は違う。公式な調査では決して見つけられない、意図的に隠されたであろう「爆弾」を、誰よりも先に見つけ出すこと。それは、ほとんど眠ることも忘れ、固く封じた記憶をダイレクトに呼び起こす文書の数々を仕分けしながら、精神をすり減らし続けた数週間だ。 そして、ついに見つけてしまった。 決してあってはならない、パンドラの箱を。 深夜の執務室で、 俺は、デスクで待つ桐島圭吾の前に、一枚の書類を置いた。 それは、5年前に裁判が始まる直前、当時の担当役員から、圭吾の父・壮介氏に宛てて送られたメールを印刷したものだった。 「…見つけたぞ、圭吾」 その声は、自分でも驚くほど、乾いて冷たく響いた。 「最悪のやつがな」 圭吾は、そのメールに目を通し、そして絶句した。そこには、インクの黒々とした文字で、こう書かれていた。 『桐島先生。例の下請け制作会社の件ですが、証拠不十分で盗用での追及は難しいかと存じます。つきましては、先日ご提案いただいた通り、ネットの評論家を使い、彼らの過去の作品の信憑性について、評価が下がる見込みで進めたいと存じます。』 これは、単なる不正じゃない。 俺たちが弁護しているクライアント『新星ジャーナル』が、5年前に一人の人間を死に追い込んだあの誹謗中傷事件を、壮介氏自身が提案し、主導していたことを示す、あまりに決定的な証拠だった。 圭吾は、わなわなと震える手でメールを置いた。 「親父が…これを…?」 彼の顔から、血の気が完全に引いていた。

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