20 / 26

正義の在処 -7-

神崎が去った後、ドアが閉まる音が、やけに大きく部屋に響いた。 残されたのは、絶句する城戸と、そして、驚愕と、ほんの少しの誇らしさが入り混じった表情で立ち尽くす俺、桐島圭吾だけだった。 やがて、城戸はゆっくりと口元に冷たい笑みを浮かべた。 「神崎 徹君、か。彼は面白い男だね、圭吾君」 その声は、神崎の決意を嘲笑うかのように、静かだった。 「彼はかつて君の父の補佐をしていたが、今は弁護士でもなければ、君たちの事務所の人間でもない。そんな外部の人間の感傷に、君まで付き合う必要はないだろう」 城戸は、俺に視線を固定する。それは、逃げ道を塞ぐような、ねっとりとした視線だった。 「さて、君の答えはどうなんだい?」 試されている。 親友が去った今、一人になったこの俺が、父の罪と、事務所の未来と、そして自分自身の魂を、天秤にかけることを。 俺は、一度、固く目を閉じた。 脳裏に蘇るのは、若かりし日の徹の、まだ光だけを信じていた、まっすぐな顔。 そして、父の暴力に耐え、静かに涙を流していた、母の顔。 (俺だって、もう、誰かの言いなりになるのは、ごめんだ) 俺は、ゆっくりと目を開き、城戸をまっすぐに見据えた。 「おっしゃる通り、神崎はもう、当事務所の弁護士ではありません」 まず、事実を認める。俺の声は、もう震えてはいなかった。 「ですが、彼は、私が最も信頼する調査のプロとしてチームに呼んだのです。そして、彼の見つけた『事実』は、たとえ貴社にとって不都合でも、見つけた以上、もはや存在しないものにはできません」 「…ほう?」 「私の答え、ですか。弁護士として、お答えします」 俺は、はっきりと告げた。 「貴社の最大の利益は、目先の裁判に勝つことではありません。この『爆弾』を、我々の管理下で、最小限のダメージで処理し、未来の経営リスクを根絶することです。そのための最善の道を、共に探すことにご協力いただきたい。それが、顧問弁護士としての、私の回答です」 それは、命令への服従でも、感情的な反発でもない。 クライアントの未来を真に想う、プロフェッショナルとしての、俺自身の回答だった。 城戸の穏やかだった表情が、すっと消える。 その瞳の奥に、冷たい怒りの炎が揺らめいたのが見えた。 「…面白いな君たちは。息子も、息子の友人も、父親に似ず、青臭い理想論がお好きらしい」 彼は、ゆっくりと立ち上がった。 「よかろう。でも、それならどうするつもりているのか早急に提案をいただけないか。起源は新しい顧問契約を取り付ける準備が整うまでだ。案がよくなければ、君たちとは縁を切ることになる。私は本気だ。所長にも私から直々に連絡をしておく。君のこの選択を後悔することになるぞ、圭吾君」 その言葉だけを残し、城戸は部屋を出て行った。 一人残された応接室で、俺は、大きく、長く、息を吐き出した。 全身から、どっと汗が噴き出る。足が、震えていた。 それでも、心は不思議なほど、晴れやかだった。 今、俺は、初めて自分の意志で、偉大すぎた父の影と、そして巨大なクライアントと、戦うことを選んだのだ。 徹。お前がいなければ、俺にこんな覚悟はできなかっただろう。 俺は、震える手でスマホを取り出し、たった今出て行ったばかりの、最高の相棒の番号を、画面に呼び出した。 ここからが、俺たちの本当の戦いだ。

ともだちにシェアしよう!