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星空の出会い⑤

 マリウスを椅子に座らせると、エミーユはスープと煮物の椀を置いた。 「さあ、召し上がれ」  マリウスの右手にスプーンを渡し、左手には椀を触らせて、位置を伝える。 「いただきます!」  元気よくスープをすくって唇につけたマリウスは飛び上がった。 「あっつ、あっつ」  マリウスは、かなりの猫舌のようだった。  大きな背中を丸めて「あっつ」とやっている姿に、エミーユはどことなく可笑しみを覚えた。 (まだまだ子どもなんだな)  しかしながらすぐに可哀そうになって、息を吹いて冷ました煮物を、マリウスの口に近づける。 「マリウス、口を開けて。お芋のミルク煮です。スープは冷めるまで待ちましょう。いつもは塩だけだけど、今日は特別にハチミツを入れたので、おいしいと思いますよ」  従順に口を開けるマリウスにスプーンを挿し入れてやる。マリウスは、もしゃっ、とろくに噛みもせずに飲み込むと、声を上げた。 「おいしい!」  マリウスは、また、煮物をねだるように口を開けた。  親鳥にえさを求める幼い鳥のようなマリウスが可笑しくなって、エミーユは、ふふっ、と声を上げて笑ってしまった。  マリウスが自分のことを笑われたのだとわかったのか、真っ赤になる。 「じ、自分で、食べる!」  エミーユは煮物の椀をマリウスの左手に触らせた。  マリウスは目が見えないのに器用に煮物を口元へと運び、あっという間に平らげてしまった。  エミーユは足りなくなることを心配して、自分の分を鍋に戻しておいた。  煮物の椀が空になったため、マリウスはスープがやや冷めていることを確かめると、椀に口をつけて飲み干した。  もう中身の入った椀はない。マリウスは手で探ってそれがわかると、しょんぼりと言った。 「ごちそうさまでした……」 「煮物のおかわり、いかがです?」 「いる! いる!」  マリウスは途端に満面に笑みを浮かべて嬉しそうな顔をする。  エミーユは椀が空になるたびにおかわりを注いでやった。  煮物の鍋をからっぽにして、やっと腹いっぱいになったのか、マリウスは無邪気な声を上げた。 「あーうまかった!」  言った後、世話になっている自分の状況を思い出したのか、顔を赤らめた。 「あ、あの、おいしかった。ありがとう、ごちそうさまでした」  エミーユは、心に温かいものが広がるのを感じた。  エミーユの分までマリウスに食べさせたために、エミーユはひとさじ分しか食べていないが、それでも満足感があった。  マリウスがいるだけで、小屋の中がどこか明るい。  エミーユは気持ちが弾んでいることを感じていた。  無邪気なマリウスがエミーユには可愛い、と映ってしまうのだ。  それを自覚して、エミーユは、はっとする。 (こいつはグレン兵だぞ)  馬が必死で頼むあまりについ助けてしまったが、グレン兵だと知っていれば助けることはなかった。 (こいつは親の仇だ)  いくら無害そうに見えても、ほんの少しでも気を許してはならない相手だ。 (怪我が治り次第、ここから追い出す!) 「マリウス」  エミーユの口からは思いのほか低い声が出ていた。  マリウスのどこかはにかんだ顔がハッと強張った。マリウスはエミーユの声のする方に顔を向けると身構えた。  自分が歓迎されるべき客ではないことを理解しているに違いなかった。 「エミーユ……、な、に?」 「あなたはグレン兵士ですね?」 「う、うん……」  マリウスは背中を縮めた。 「グレン軍は、どこまで来てるんです?」 「えっと……」 「この近くまで来てるのですか。ここ、ノルラントまで」  エミーユの住む草原は、ノルラント王国の南端にある。ノルラント王国の南側はエルラント王国で、エルラントのさらに南方にグレン帝国はある。そして、数年前、グレン帝国は周辺国へ侵攻を始めた。  まさか、グレンがエルラントを超えてノルラントにまで勢力を伸ばしたとは思い難いが、グレン兵士のマリウスが現れたとなると、ここも安心できない。 「こ、ここはノルラントなの?」  マリウスは自分がノルラントに入ってきたことを知らなかったようだ。 「ええ。グレンはどこまで来てるのです?」 「エルラントの北部の町を攻めたけど、敗走して南部に戻った……」  エミーユはとりあえず胸を撫でおろした。となると、当面、心配はなさそうだ。 「では、マリウスはどうしてここに?」 「お、俺は、軍から逃げたんだ……。そして、夜も昼も走り続けて、ブラックベリーと何日も走って、気が付けばあなたに助けられていた」 「どうして逃げたんです?」  マリウスは黙ったまま、緊張したように固まっていた。  やがて、ぽつりと言った。 「怪我が怖かったから……」 (怪我が怖い? 獣人兵士のくせに?)  エミーユは首をかしげる。怪我を負ってもグレンの獣人兵士なら逃げる必要などないはずだ。グレンには『怪我のゴミ入れ』があるのだから。  エミーユが黙り込んでいると、マリウスが不安そうな声を出した。 「エミーユ……?」  マリウスはエミーユに手を伸ばしてきた。  エミーユが手を避ければ、マリウスはエミーユを求めるように、その手で宙を掻く。 「エミ……、エミーユ? どこ……? エミーユ………、どこにもいかないで……、そばにいて………」  マリウスがあまりに情けない声でエミーユを探すものだから、エミーユは可哀そうになって声を出した。 「私は、ここにいます。あなたがたには『怪我のゴミ入れ』があるでしょう。だから、怪我など怖くないはずだ」  エミーユがそう言うと、マリウスは、わっと泣き声を上げた。

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