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甘えん坊の泣き虫兵士②

 マリウスは順調に回復した。次の日には、トイレにもひとりで行けるようになった。  目が見えなくても、せせらぎの音を頼りに小川に一人で行って用を足し、煮炊きの匂いをたどって小屋まで戻ってくる。  ベッドに横になっていればいいものを、起き上がってはやたらとエミーユの周りをうろうろしている。 「あ、あの、何かやることないかな、力仕事でも何でもやるけど……」  おずおずと訊いてくる。  ことさら力仕事を強調するのは、看護されているうちにエミーユの体が華奢であることに気づいたせいだろう。  エミーユはムッとする。 (これでも私は力持ちだ) 「力仕事を怪我人に任せられるはずもありません」  にべなく言えば、途端にマリウスはシュンとなる。そうなるとエミーユも悪いことをした気になって、優しい声を出さざるを得なくなる。 「傷が開いてしまいます。治ったら力仕事もお願いします」  少し優しく言うだけで、マリウスは飛び上がらんばかりに嬉しそうな顔をする。 「うん、わかった!」  エミーユの心はじくじくと痛む。目に包帯を巻いて目隠しを続けているのも、いまだマリウスには警戒を解いてないせいである。  エミーユは、マリウスの怪我が治り次第、町に置いてくるつもりだった。もちろん、目隠しをしたままだ。そうすれば、マリウスは小屋に戻ることもできず、エミーユの顔を知ることもなく、あと腐れなく捨てることができる。  マリウスだって、馬に剣があれば、何とかなるだろう。馬がいれば荷運びで金を稼げるし、剣があれば用心棒にだってなれる。もしも何とかならなかったとしても、エミーユの知ったことではない。怪我が治るまで世話を見てやっただけで十分だろう。  エミーユは、いつでもマリウスを捨て去る準備でいるのだ。そんなエミーユに、マリウスは無邪気に甘えてくる。 「エミーユのそばにいさせて。邪魔をしないから」  一刻も早く怪我を治して出て行かせたいエミーユとしては、少しでもマリウスに横になっていてほしかったが、マリウスを寝かせても、すぐにベッドから降りてきてはエミーユにまとわりついてくる。  そして、甘えて体を寄せてくる。今も豆を剥くエミーユの背中にしがみついてきて離れようとしない。 「豆剥きの邪魔をしないでください」 「エミーユ、今、豆の皮をむいているの?」 「はい」 「何の豆?」 「ソラマメです」 「俺にもできるよ! 上手にできると思う!」 「そうかもしれませんね」 「多分、上手にできる!」 「ええ、そうかもしれませんね」 「俺、絶対、上手にむけるよ!」 (面倒だな) 「ベッドに横になってきてください。そのほうが楽だと思いますよ」 「エミーユのそばのほうが俺は楽だよ!」 (はあ、本当に面倒だ)  エミーユはマリウスに豆をむかせることにした。 「では、あなたにもやってもらいましょうか」 「やる! いくらでもやる! いっぱいやる!」  エミーユはマリウスを椅子に座らせた。ソラマメの入った籠をマリウスの前に置く。  マリウスは皮のついた豆を珍しそうに触っている。 「これ、ソラマメなの? 俺の知ってるソラマメとは違う」  エミーユはマリウスの手にソラマメを握らせたまま、さやから中身を取り出した。 「豆はさやの中に入ってるんです。さやを割って中身を取り出してください」 「あ、俺の知ってるソラマメが出てきた!」  マリウスは、目が見えないのに、さやを開いて中の豆を出しては皿に入れていく。ずいぶんと手先が器用らしい。 「ソラマメって、フワフワのお布団に包まれていたんだね! このお布団、うまいかな?」  マリウスは手伝いを許されたことがよほどのが嬉しいのか、はしゃいだ声を上げた。  そして、はしゃぎすぎて、ソラマメのさやを口に放り込んだ。 「食べちゃおう!」 「さやは食べられませんよ」 「大丈夫、大丈夫!」  マリウスはむしゃむしゃと噛んで、次に「うっ」とえずいた。しかし、やせ我慢か、口からさやを吐き出さなかった。そして、むしゃむしゃと噛んで、最後にごくんと飲み込んだ。 「おいしかったですか?」 「ううん! 全然駄目だった!」  マリウスは苦そうに舌を出しながらも、元気よく返事した。そんなマリウスが可笑しくて、エミーユは、ふふっ、と笑い声を上げた。  マリウスは自分のことを笑われたとわかったのか、真っ赤な顔になる。 (またリンゴになった。なんだか可愛いな)  エミーユはこらえきれずにまた笑い声をあげた。 「マリウス、あなたったら、可笑しな子!」 「お、おれ、子どもじゃない!」  マリウスは唇を突き出して怒った。 「ふふっ、あなたは私からすれば子どもですよ」 「俺、もう18だ! 大人だ!」  エミーユから笑いが引っ込んだ。 「ええっ? うそでしょう?」 「本当だよ! どこをどう見ても大人でしょ!」  エミーユは呆れてマリウスを見つめた。 「私と同い年だなんて……」  今度はマリウスが驚いた顔をした。 「ええっ? エミーユも18なの?」 「はい」  マリウスは照れたような顔になって、はにかんだ。 「へえ、俺と同い年なんだ……、もっと年上かと思ってた……」 「あなたはもっと幼いと思っていました。せいぜい、15、6かと」  途端にマリウスは唇を突き出す。 「ひどい! もう大人なのに!」 「そういうところが、子どもっぽいんです!」  エミーユはまた声を上げて笑った。 「だから、子どもじゃないもん! エミーユったらそんなに笑うこと、ないでしょ!」  マリウスはリンゴのように真っ赤になる。エミーユは可笑しいやら呆れるやらで、ますます、笑い声をあげる。  マリウスは唇を突き出したままでいたが、やがて、エミーユの笑い声に耳を澄ませるようにすると、自分もくすぐったそうに笑いはじめた。 「ふふっ、エミーユが笑ってる……! あははっ」 「マリウスも笑ってます、ふふっ」  二人の笑い声が小屋の空気を揺らしていた。

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