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甘えん坊の泣き虫兵士③
怪我が治ってくれば少しは獣人らしく荒っぽくなるかと思えば、マリウスはひたすら素直で従順で、ことあるにつけ真っ赤になった。
(いったい、この子はどんな育ち方をしたのだろう。この子どもっぽさは、周囲に甘やかされて育ったことは間違いがない。なのに、戦争に駆り出されて可哀そうに)
マリウスがグレン兵であることを思えばエミーユの胸がざわつくが、マリウスにはグレン兵の残酷さなど微塵もない。兵士であることすら似つかわしくなかった。
(この子に情が湧いてしまいそうだ)
その自覚のあったエミーユは、マリウスになるべくそっけなくするも、マリウスは一方的にエミーユになついてくる。目が見えないくせにエミーユの後追いをして、べたべたとまとわりついてくる。
朝、起きれば、まずエミーユを探して、「エミーユ、どこ?」と不安げな声を出す。手さぐりでエミーユのそばに来れば、ぎゅっとしがみついては「エミーユ、いた!」と顔をほころばせる。
(怪我が治り次第、追い出さなければ)
マリウスの起きている時間が長くなってくれば、全裸に掛布を羽織っただけのマリウスが可哀想になってきた。子どもならまだしも、何しろもう18歳なのだ。
(中身は子どもだけどな)
エミーユはマリウスの軍服をつくろうことにした。
洗って干してあった衣服は、しつらえの良いものだった。シャツはシルクだし、ジャケットには立派な肩飾りがついている。
(この子は良いとこの坊ちゃんかもしれないな)
エミーユは直すついでに改造することにした。
いかにもな軍服のままでは町へ降りたときに目立ってしまう。グレン兵だと気付かれれば、警戒されるだろうし、ノルラント当局に捕まってしまうかもしれない。
(それに兵士がいやだと泣いていた)
あられもない泣きっぷりを思い出す。
軍服らしさを消すことにした。
エミーユは、肩章を外し、金ボタンを取り外して、木のボタンに替えた。
「エミーユ? どこ?」
目覚めたらしいマリウスが、早速、エミーユのそばまでやってきた。マリウスはどういうわけか、エミーユの居場所がすぐにわかるらしく、まっすぐにテーブルまで来ると、エミーユのほうに手を伸ばして、しがみついてくる。
「エミーユ!」
エミーユは咄嗟に針を遠ざけた。
「おはよう、マリウス。今は針仕事をしているから、余りくっついては刺してしまいます」
「エミーユ、おはよう。針なんか怖くないもん。何を作っているの」
「マリウスの軍服を直しています」
「俺の軍服……」
マリウスの口がへの字に歪んだ。途端に情けなくも泣きそうになる。
「お、おれ、もう、いらない。軍服なんか着たくない……」
「それならそれでいい。あなたの好きに生きればいい」
「好きに……?」
「軍服は普通のジャケットに見えるように改造しています」
「えっ?」
「ええ、さあ、できました」
マリウスの手を持ってジャケットの肩や木のボタンを触らせる。
マリウスの顔がぱっと明るくなった。
「もう、軍服じゃない?」
「はい、ただのジャケットです」
「エミ、エミーユ! すごい、ありがとう! ありがとう、エミーユ」
「着てみてください」
「うん!」
マリウスは早速、衣服を着こんだ。
どういうわけか、きちんと衣服を着ると、マリウスはこれまでとは違って凛々しく精悍に映った。
(おかしいな、情けないはずのマリウスが立派に見える)
マリウスを大きな動物のように感じていたが、衣服を着るとちゃんと立派な人間に見える。
エミーユは包帯の下の目を想像してみた。
マリウスの目が全体を台無しにするような変な目をしていればいいのに、と思った。
(マリウスが格好悪い方がいいと思うなんて、私は性格が悪いのかな。中身が情けない甘えん坊なのに、外見が立派だとおかしいもんな)
「ど、どうかな」
格好良く見えてしまうマリウスにどこか腹が立って、意地悪な声が出た。
「全然似合わないけど、裸よりはましです」
マリウスはエミーユの口ぶりを気にすることなく、喜びの声を上げた。
「ありがとう、俺、嬉しい! 大切にする!」
そのうち、マリウスの育ちの良さが目についてきた。まず姿勢が良いし、座っていてもだらしなく見える座り方をしない。立っていれば威風のようなものすら感じられる。
(マリウスは本当に育ちの良い坊ちゃんなのかもしれない。いや、そうに違いない)
***
野良作業に出れば、エミーユのあとをついてきたマリウスが声を上げた。
「ヤギだ!」
鳴き声に気づいたマリウスは、ヤギへと近寄っていく。早速首に抱き着いて、ヤギに嫌そうな顔をされるも、マリウスはご機嫌だ。
「エミーユのペットなの? 名前は何?」
「ペットじゃないし、名前はありません」
「お前は俺のように拾われたの?」
「親切な農夫が乳が出るからとくれたんです」
「乳! 乳絞り、やる!」
マリウスに乳絞りを教えると、すぐに上手にできるようになった。
「エミーユ、いっぱい絞れたよ!」
褒めてくれと、全身で言ってくる。
「マリウス、すごいですね。助かります」
「うふっ、えへへへっ」
マリウスはそれは嬉しそうに笑う。
(せっかく器用なのに、何故か、器用そうに見えないな)
マリウスは黙っていれば美男子なのに、口を開けば「エミーユ、エミーユ」とただの残念な甘えん坊になってしまう。
エミーユがマリウスのそばから離れようとすれば「どこに行くの?」と自分もついてくるし、台所仕事をしても、畑仕事をしても、くっついて離れない。
風が強く吹くだけで遠慮なく甘えてくる。
「風の音が怖い、エミーユ、こっちに来て」
エミーユが無視をしていれば、マリウスからやってきてしがみついてくる。
小川に向かおうとすれば「お、俺も一緒に行く」とついてくるために、トイレもゆっくりできなくなってしまった。
マリウスはまるで幼い子のようにエミーユに甘えてくる。
(ふふ、本当に子どもだなあ……)
エミーユもまた目尻を垂らして、マリウスを見つめるようになっていた。
エミーユにもマリウスが可愛く見えてきてしまっていた。
マリウスの泣いた姿を見てより、エミーユはマリウスに情が移っているのだ。
(はああ……、早くこいつを追い出さなきゃ。長居させると、情が移って手放せなくなってしまう)
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