10 / 71

甘えん坊の泣き虫兵士⑤

 翌朝、鞍を持って外に出た。  マリウスに鞍を渡すと、マリウスは声を上げる。 「ブラックベリーの鞍だね、ありがとう!」 「鞍を付けられますか?」 「もちろん!」  マリウスは目が見えないのに慣れた手つきで鞍をつけ始めた。 「ブラックベリー、一緒に走ろうね!」  マリウスは手探りで鐙に足をかけると馬に飛び乗った。難なく馬を乗りこなしている。馬もマリウスを乗せて嬉しそうだ。  馬で駆けるマリウスは、ますます立派に見えた。  堂々と馬を乗るマリウスは、貴公子そのものだった。 (やはり、マリウスはお坊ちゃんなんだ)  そもそも騎兵だ。庶民なら歩兵のはずだ。  怖がりのマリウスが戦功を立てて、騎兵に出世したとは考えられないから、貴族の子弟に違いなかった。  おそらくは馬も鞍も軍支給品ではなく、マリウスのために特別に用意されたものだろう。 (この子はこんな場所にいるべきではない)  マリウスを町に置いてくる理由がまた一つ増えた。  マリウスのためにもマリウスを手放さなければならなかった。  マリウスは、エミーユのそばまでやってきた。 「ああ、気持ち良い!」  無邪気な顔を向けてくる。  マリウスはエミーユの居場所をすぐにわかる。小屋の中にいても外にいても、すぐにエミーユをめがけてやってくる。  目を包帯で覆っているのに。 「マリウス、見えているように自由だね」 「俺、夜戦訓練で、見えないのに慣れているんだ。それにブラックベリーが、障害物を避けてくれる。だから自由に走れるよ!」 「どうして私の居場所がいつもわかるの?」 「あ、それは……」  マリウスは顔を赤らめた。 「エミーユの匂いでわかる」  それにはエミーユは慌てた。自分をスンスンと嗅いでみる。 「臭いよね」 「ち、ちがう! エミーユからは良い匂いしかしない!」 (良い匂いって……)  エミーユは呆れた。  みすぼらしい小屋に住んで、みすぼらしい服を着た自分が良い匂いのはずがない。 (マリウスは死にそうになったところを私に助けられて、勘違いしてるんだな。ひなが親鳥を慕うように私を慕っているんだ)  マリウスを前にして、ふと申し訳なさに恥ずかしさが湧いてきた。  マリウスとエミーユとでは、立場が全く違っているのだ。  マリウスに最初から丁寧な言葉づかいで話しかけていたのも、立場の違いを無意識に感じ取っていたからだ。 (この子の目を覆っておいてよかったな)  自分を見下ろすと、目の粗い麻布のズボンに貫頭衣を被っただけだ。あちこち穴が開いて何重にもつくろって、ひどくみすぼらしい。  マリウスはエミーユになついている。エミーユに縋りきっている。  その相手が、こんなみすぼらし小屋に住んで、みすぼらしい格好をした人間だと知れば、失望するだろう。さげすむことはないに違いなかったが、マリウスをがっかりさせたくもない。 (泣き虫で甘えん坊で格好悪いマリウス。ほんのひととき私のもとに現れてくれただけ。そして、今日でお別れだ)

ともだちにシェアしよう!