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甘えん坊の泣き虫兵士⑤
翌朝、鞍を持って外に出た。
マリウスに鞍を渡すと、マリウスは声を上げる。
「ブラックベリーの鞍だね、ありがとう!」
「鞍を付けられますか?」
「もちろん!」
マリウスは目が見えないのに慣れた手つきで鞍をつけ始めた。
「ブラックベリー、一緒に走ろうね!」
マリウスは手探りで鐙に足をかけると馬に飛び乗った。難なく馬を乗りこなしている。馬もマリウスを乗せて嬉しそうだ。
馬で駆けるマリウスは、ますます立派に見えた。
堂々と馬を乗るマリウスは、貴公子そのものだった。
(やはり、マリウスはお坊ちゃんなんだ)
そもそも騎兵だ。庶民なら歩兵のはずだ。
怖がりのマリウスが戦功を立てて、騎兵に出世したとは考えられないから、貴族の子弟に違いなかった。
おそらくは馬も鞍も軍支給品ではなく、マリウスのために特別に用意されたものだろう。
(この子はこんな場所にいるべきではない)
マリウスを町に置いてくる理由がまた一つ増えた。
マリウスのためにもマリウスを手放さなければならなかった。
マリウスは、エミーユのそばまでやってきた。
「ああ、気持ち良い!」
無邪気な顔を向けてくる。
マリウスはエミーユの居場所をすぐにわかる。小屋の中にいても外にいても、すぐにエミーユをめがけてやってくる。
目を包帯で覆っているのに。
「マリウス、見えているように自由だね」
「俺、夜戦訓練で、見えないのに慣れているんだ。それにブラックベリーが、障害物を避けてくれる。だから自由に走れるよ!」
「どうして私の居場所がいつもわかるの?」
「あ、それは……」
マリウスは顔を赤らめた。
「エミーユの匂いでわかる」
それにはエミーユは慌てた。自分をスンスンと嗅いでみる。
「臭いよね」
「ち、ちがう! エミーユからは良い匂いしかしない!」
(良い匂いって……)
エミーユは呆れた。
みすぼらしい小屋に住んで、みすぼらしい服を着た自分が良い匂いのはずがない。
(マリウスは死にそうになったところを私に助けられて、勘違いしてるんだな。ひなが親鳥を慕うように私を慕っているんだ)
マリウスを前にして、ふと申し訳なさに恥ずかしさが湧いてきた。
マリウスとエミーユとでは、立場が全く違っているのだ。
マリウスに最初から丁寧な言葉づかいで話しかけていたのも、立場の違いを無意識に感じ取っていたからだ。
(この子の目を覆っておいてよかったな)
自分を見下ろすと、目の粗い麻布のズボンに貫頭衣を被っただけだ。あちこち穴が開いて何重にもつくろって、ひどくみすぼらしい。
マリウスはエミーユになついている。エミーユに縋りきっている。
その相手が、こんなみすぼらし小屋に住んで、みすぼらしい格好をした人間だと知れば、失望するだろう。さげすむことはないに違いなかったが、マリウスをがっかりさせたくもない。
(泣き虫で甘えん坊で格好悪いマリウス。ほんのひととき私のもとに現れてくれただけ。そして、今日でお別れだ)
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