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甘えん坊の泣き虫兵士⑥
「エミーユもブラックベリーに乗る?」
マリウスは無邪気な顔でエミーユに訊いてきた。
「私はいい。馬に乗ったことがない」
「じゃあ一緒に乗ろうよ!」
「いや、いいんだ、乗りたくない!」
強い物言いにマリウスは少ししょげて、馬を降りて、鞍を外そうとした。
「鞍は、つけたままでいい」
「じゃあ、やっぱり乗る?」
「これから町に出る」
エミーユの口から出たのは思わぬ低い声だった。
マリウスが不安そうな顔を向けてくる。
「町?」
(そこで、あなたを置き去りにする)
それを思えばエミーユは急に声が出なくなってしまった。
「町に何をしに行くの?」
マリウスは何かを感じ取ったようだった。
エミーユは答えないで小屋に向かった。マリウスが追いかけてくる。
「待って、エミーユ」
後ろから掴まれた肩をエミーユは振り払うように小屋に入った。
「待って、お願い、エミーユ」
マリウスの泣きそうな声にも、エミーユは立ち止まらなかった。
「エミーユ、町に何をしに行くの?」
エミーユは軍袋の水筒に水を入れる。そして、棚の上から、マリウスの剣を引っ張り出した。
その間も、マリウスはエミーユに付きまとって「ねえ! ねえ!」と言ってくる。
剣を渡すとマリウスはそれが剣だとわかって、マリウスは強張った。
「ど、どうして、これを俺に渡すの?」
涙声になっている。
マリウスは目の包帯を取ろうとした。
「だめだ! 包帯を取るな!」
エミーユの声にマリウスはビクッとして、手を止めた。
しばらくの間、黙り込んでいたマリウスは、やがて悲しそうな声で言った。
「エミーユ、町に何をしに行くつもりなの………?」
「買い物に行くんだ」
「エミーユ。俺も一緒にここに戻ってくるんだよね……? そうだよね……?」
エミーユは答えられなくなった。
置き去りにするなんて、そんな騙すようなこと、エミーユにはもうできなくなってしまっていた。
「あなたは町に行って、そこで私とはお別れです」
「……!」
マリウスの息を飲む音が聞こえた。
「あなたは回復した。これ以上、私にあなたの世話をする義理はない」
「お、おれの、服を改造してくれたのは、も、もう軍に戻らないでいいってことじゃなかったの?」
「そうです」
「それは、ここにいてもいいってことだったんだよね?」
「ちがいます。町へ降りても軍人に見えないようにやっただけです。あとは好きに生きればいい」
「エミーユ、おれ、何でもする。おれ、もっとエミーユの役に立つようになる。畑仕事だってする。ヤギの乳しぼりもする。お願いだ、ここにいさせて」
「それはできない」
「どうして? 俺、エミーユの邪魔になるようなことしない。飯だってたくさん食べない。少ししか食べない。おれ、うっ、うっ」
マリウスは泣き始めた。
そうなると、エミーユには可哀想でたまらなくなってくる。
しかし、マリウスをこれ以上この小屋に住まわせるわけにはいかない。
「マリウス! こんなところに住んだってどうしようもないんだ! あなたは私のそばにいてもいいような人じゃない!」
「どうして! おれ、エミーユとずっと一緒にいたい、ずっとここにいたい」
「それはあなたの勘違いだ。私に命を助けられたからそう思うだけだ」
「そうだよ! エミーユに助けられた命だ。だから、この命、エミーユのために使いたい」
マリウスはエミーユに手を伸ばしてきた。すごい力で引き寄せて、抱きついてくる。エミーユはそれを押し返すもビクともしない。
「だめだだめだ! マリウス! あなたは私にとって邪魔なんだ! 泣き虫で怖がりで、あなたなんか何の役にも立たない!」
強く言えば、マリウスは怯んだように力を抜いた。その隙にエミーユはマリウスから逃れた。マリウスは悄然と肩を落としている。
「ちが、う。エミーユは俺を邪魔になんか思ってない」
「いいえ、あなたは邪魔でしかない。ここに住まれては困るんだ」
「困らせるようなことはしない……、絶対にしないから……」
マリウスは嗚咽をしながら言ってきた。
エミーユにも涙がこぼれてきた。
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